第3話
文字数 1,531文字
二人は しばらく黙ったまま、にらみ合っている。
降りやまない雨の、僅かな音だけが、気まずい沈黙を救っていた。
しかし、天井から漏れた一滴の雨水が、若者が気にしていたニキビに落ちた瞬間。若者の薄っぺらな『正義感』が膨らみ、爆発したのであろう。
みるみるうちに目を血走らせ、腹中に内蔵された保管庫から、水鉄砲を取り出した。
恐らく赤鼻の親分から貰った物であろう、国で禁止されている、桁違いの水圧で噴射する最新機種である。
そして、その水鉄砲を子供の前にかざし。
「悪には悪で、対抗するしかねー。この機種で水を噴射されたら……、お前、終わるぞ……。胸のチップ辺り、いっとくか……」
若者は、別人になった様に、声を張り威嚇した。
これには子供も驚いたであろう、急に座り込み震えだしたのである。電子制御に水は大敵であり、命にもかかわるのだ。
その姿を見た若者は、続けざまに。
「お前の着てるシャツ、どっから見ても『エ〇メス』だよな、子供のくせに、柄がヤベーよ。噴射されたくなければ、ダセー上着脱げ。そんな高級な服、二度と着るな、このクソガキがー。俺はそれを売って、今日泊まる宿代にしてやるぜー」
若者が向けた銃口は、未だ震える子供に向いている。
「ほんま後生でっせ、堪忍しておくんなはれ」
子供は、若者を拝みながら懇願した。
「お……、お前……、ジジイか……、しかも関西育ちかよ。都会の子供ぶりやがって、嘘ばっかじゃねーかよ。金持ちって~のも嘘だろがー」
若者は言うと、幾分子供から目線をそらした。
先程まで怒りに満ちていた眼光も、光を失いつつある。怒りの矛先が子供に向かうべきか、今の時勢に向かうべきか、ぶれ始まっているのかもしれない。
「そんなもん、どーでもよろしいがな。もーほんま、もー……。はよう、そんな物騒なもん、しまっておくんなはれ」
子供の様な関西人は、淡々と言った。
しかし、その落ち着き様が再度、若者の『正義感』に火をつけた。
若者は目をむき。
「ふざけるな、バカヤロー。そんな悪さしたら、あきまへんでー」
「ふざけとんの、あんたやん……。急に、可笑しな大阪弁使いだして……」
子供の様な関西人は、恐る恐る言葉を返したが、それでもなを若者は微動だにせず、水鉄砲を構えている。
そしてまた、長い様で短い沈黙の時が、無駄に過ぎていった。
雨音は聞こえてこない、止んだのであろう。唯一、錆びた鉄筋から滴り落ちる水滴が、コンクリートに落ちる音のみ、一定間隔で響いている。その寂しげな音は、拠り所のない若者の、感傷を煽っていたのかもしれない。
怒りに満ち溢れた眼光が、少しずつ憂いを帯びてきているのだ。
暫くすると子供は、諦めた様に舌打ちをして、無言でシャツを脱ぎ若者に向けて放り投げた。
その時、半袖になった子供の腕に目をやった若者は、苦笑いを浮かべ。
「お前、かなりサバよんでるなー……。やっぱりジジイだろーがー。腕のシリアルナンバー、俺より年上じゃねーか。整形技術が進んで、何度でも手直しが出来るからって、程があるだろー……」
そう言ってシャツを拾うと、小脇に抱え振り帰る事なく、一目散に駆けだした。
それを見届けた、子供のふりをした肌着姿のジジイは、やおら立ち上がり、割れたガラス窓から外を見たが。
若者の姿は、雨があがった夜の闇に消えていった。
のちに分かった事であるが。
若者は、追い剥ぎをした廃墟を出た後、焼肉屋「西大門」に戻り、裏口にある下屋の下で煙草を吸っていたそうだ。
その時『エ〇メス』の上着も、入金された給料以外の金も、持っていなかったと云う。
店長に謝罪し、真っ当な仕事に戻れたのかは不明である。
はたして、ド派手な高級シャツは、何処にあるのだろう。
降りやまない雨の、僅かな音だけが、気まずい沈黙を救っていた。
しかし、天井から漏れた一滴の雨水が、若者が気にしていたニキビに落ちた瞬間。若者の薄っぺらな『正義感』が膨らみ、爆発したのであろう。
みるみるうちに目を血走らせ、腹中に内蔵された保管庫から、水鉄砲を取り出した。
恐らく赤鼻の親分から貰った物であろう、国で禁止されている、桁違いの水圧で噴射する最新機種である。
そして、その水鉄砲を子供の前にかざし。
「悪には悪で、対抗するしかねー。この機種で水を噴射されたら……、お前、終わるぞ……。胸のチップ辺り、いっとくか……」
若者は、別人になった様に、声を張り威嚇した。
これには子供も驚いたであろう、急に座り込み震えだしたのである。電子制御に水は大敵であり、命にもかかわるのだ。
その姿を見た若者は、続けざまに。
「お前の着てるシャツ、どっから見ても『エ〇メス』だよな、子供のくせに、柄がヤベーよ。噴射されたくなければ、ダセー上着脱げ。そんな高級な服、二度と着るな、このクソガキがー。俺はそれを売って、今日泊まる宿代にしてやるぜー」
若者が向けた銃口は、未だ震える子供に向いている。
「ほんま後生でっせ、堪忍しておくんなはれ」
子供は、若者を拝みながら懇願した。
「お……、お前……、ジジイか……、しかも関西育ちかよ。都会の子供ぶりやがって、嘘ばっかじゃねーかよ。金持ちって~のも嘘だろがー」
若者は言うと、幾分子供から目線をそらした。
先程まで怒りに満ちていた眼光も、光を失いつつある。怒りの矛先が子供に向かうべきか、今の時勢に向かうべきか、ぶれ始まっているのかもしれない。
「そんなもん、どーでもよろしいがな。もーほんま、もー……。はよう、そんな物騒なもん、しまっておくんなはれ」
子供の様な関西人は、淡々と言った。
しかし、その落ち着き様が再度、若者の『正義感』に火をつけた。
若者は目をむき。
「ふざけるな、バカヤロー。そんな悪さしたら、あきまへんでー」
「ふざけとんの、あんたやん……。急に、可笑しな大阪弁使いだして……」
子供の様な関西人は、恐る恐る言葉を返したが、それでもなを若者は微動だにせず、水鉄砲を構えている。
そしてまた、長い様で短い沈黙の時が、無駄に過ぎていった。
雨音は聞こえてこない、止んだのであろう。唯一、錆びた鉄筋から滴り落ちる水滴が、コンクリートに落ちる音のみ、一定間隔で響いている。その寂しげな音は、拠り所のない若者の、感傷を煽っていたのかもしれない。
怒りに満ち溢れた眼光が、少しずつ憂いを帯びてきているのだ。
暫くすると子供は、諦めた様に舌打ちをして、無言でシャツを脱ぎ若者に向けて放り投げた。
その時、半袖になった子供の腕に目をやった若者は、苦笑いを浮かべ。
「お前、かなりサバよんでるなー……。やっぱりジジイだろーがー。腕のシリアルナンバー、俺より年上じゃねーか。整形技術が進んで、何度でも手直しが出来るからって、程があるだろー……」
そう言ってシャツを拾うと、小脇に抱え振り帰る事なく、一目散に駆けだした。
それを見届けた、子供のふりをした肌着姿のジジイは、やおら立ち上がり、割れたガラス窓から外を見たが。
若者の姿は、雨があがった夜の闇に消えていった。
のちに分かった事であるが。
若者は、追い剥ぎをした廃墟を出た後、焼肉屋「西大門」に戻り、裏口にある下屋の下で煙草を吸っていたそうだ。
その時『エ〇メス』の上着も、入金された給料以外の金も、持っていなかったと云う。
店長に謝罪し、真っ当な仕事に戻れたのかは不明である。
はたして、ド派手な高級シャツは、何処にあるのだろう。