第3話 古弥奈

文字数 1,240文字

 お上人さんによれば、智識をすると功徳を積むことができる。いっぱい功徳を積むと、いつか人も菩薩いう、仏の手前にはなれるらしい。だから、みんな競って智識をした。
 この魂を人で終わりたくない。仏になりたい。せめて尊いお上人さんに近づきたい、という一心で。

 そんな智識の仕事の中で、うちのオカンは持ち込まれた食料や布、銭の管理。オバアは職人の手配を任されていた。私はその手伝いや。
 陵を渡り歩いてたうちらは陵をつくる技術者に顔が効く。とくにオバァは遊部ではちょっと名の知られた巫女やったから、


「あんた、お上人さんの智識に手貸してぇな。ええ功徳が詰めるで」

と声をかければ、腕利きの職人が神のお告げかなにかを受けたように飛んできた。

 正味な話、ほとんどの人が仏教の教えはよう分かってなかった。お上人さんをお助けしてたらええことがあるやろうとは思ってたけど、詳しいことまでは分からんへん。でも、「智識」で困った人が救えることだけは間違いない。だから、うちらは少しでも困っている人を見かけると「智識や」「智識せえ」と智識を勧めた。

 なにしろ「智識」は、ほんまに楽しかった。みんなで集まって力を合わせ、なにかを造る喜び。感謝する民の顔とお上人さんをお助けしているという実感が、うちらをいつも前向きに、明るくしてくれていた気がする。
 一歩外に出れば身分の違う者とは目も合わさへんのが普通。でも、お上人さんの周りではみんな同じ仏弟子や。お上人さんのもとには居場所があり、誰もがイキイキと作事に打ち込んでいる。ほんまにええ雰囲気やった。
 大人がそういう顔をしてると子供もうれしいもんや。ほんまええ子供時代やったと思う。そんなところで、私は育ったんや。またあの時代に戻りたいと思うこともあるわ。かなわんことやけど。

 ここらで私の話もしとこうか。私の名前はいろいろあるけど、ここでは「こやな」にしとこ。小さい頃、乾物小屋で寝てたらそう呼ばれるようになってん。漢字は適当やけど、古弥奈なんてどうやろうか。
 そっちから私の見た目は分かる?分からん方がええわ。藁みたいにひょろっとした細い体に、ペタンとした髪。コケた頬にギョロッとした目の…まぁ、ようはあまり美しい女やない。足もまっすぐ。胸もまっすぐ。ともかく体に肉がつかへん。
 良くおっさんらに「抱き心地が悪そうな体」って言われたもんや。おかげで荒くれ者の職人と渡り合っても、怖い目にもあわんかったけど。

 そんなわけで、女としての幸せはあまり期待できへんと、自分で自分に見切りをつけるのは早かった。私はオバアとオカンについて仕事を覚えることにした。
 オバアからは人脈と交渉を、オカンからは帳簿と勘定を。手伝いながら学んで、12を超える頃には難しい交渉事以外はだいたいこなせるようになったと思う。

 でも、それだけでは満足できへんかった。いつか橋をつくりたい。寺をつくりたいと思うようになった、なにか大きな物を、自分の力で造ってみたいと夢見るようになったんや。
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