第52話 音

文字数 893文字

 夏の朝。静けさも手伝って、清々しい空気が心地いいです。ひとときだけ、高原の避暑地に来たような錯覚を覚えます。自宅のリビングでも。

 休日の早朝は、自然の音しか聞こえない。そよ風がカーテンを揺らす音、鳥の鳴き声。蝉たちも、まだ寝ている。本当に静か。以前、実家の両親が泊まりに来たとき、あまりの静かさに感動していた。私の実家はここよりも、田舎にあるが数年前、大型車両が通れる道路ができたため、夜中になっても自動車の音がする。我が家は大きな道路からも離れている住宅地。

 生活音が、そろそろ聞こえる午前6時半。ご近所から、シャワーの音とともに雄叫びのような声が漏れ聞こえるようになった。10分は続くだろうか。老人の男の声。実に耳障りだ。うるさい。でも、持ちつ持たれつのご近所づき合い。言えるはずもない。聞こえているのはウチだけではないはず。10分ほどの騒音?を、みんな、どんな顔して、どこまで気にしてるだろうか?

 私の母方の祖父は寺の住職だった。歩いて10分ほどの所に駅はあったが、山の麓と言ってもいい所。私が小学生のころ、夏休みの数日間をこの寺で過ごした。明け方、静寂に包まれながら祖父の読経が始まる。直径50センチはあろうかという木魚は低音で、経文に合わせて本堂に鳴り響いた。目覚めが良ければ、途中から祖父の後ろで手を合わせ、寺独特の祭壇をまじまじと見ながら、終わるのを待った。周りの民家は、寺から流れるこの音を、どんな気持ちで耳にしていたか。当時は考えもしなかったこと。

 本堂の手前の部屋に、ネジ巻き式の振り子時計があった。毎時0分にボーンボーンとこもったような金属音が鳴る。明るいうちは、なんとも思わないが、夜聞くとお尻がゾワゾワするような不気味な音に聞こえた。今では聞くことのできない祖父の音は、耳が覚えている。ご近所の雄叫びも、聞こえなくなったら、耳が思い出すのだろうか?いやいや、そんなはずはない。私の耳は聞き分けがいいから。

 朝の雄叫びで起こされる人もいるはず。もう少し遅い時間に叫んでくれたら、他の生活音に紛れるのに…… 朝を汚されているようで、とても残念な気持ちになります。





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