ローズヒップティー
文字数 2,127文字
「…すっっぺぇ…」
俊太がいかにもすっぱそうに顔をしかめる。
「そんなこと言わないの!これ、すっごく美容と健康にいいんだから!」
順子が角砂糖をとぽとぽとぽん、と入れながら力説している。3つは入れたように見えた。
「おまえ、ホントにこんなの好きなわけ?オレ、無理」
ついこの間、隣のクラスの順子から告白され、今日初めて順子の部屋にお呼ばれした。「すっぱいからお砂糖入れてね」と出されたローズヒップティーに「男は砂糖を入れるなんてカッコ悪いことはしない」と強がって見せたが、あまりのすっぱさにあっさりギブ。高2男子のメッキなんてこんなものである。
「ローズヒップにはビタミンCがたっくさん含まれてて、免疫力アップとか、美肌に効くんだよ!」
好きかどうかには答えずに、順子が熱を入れて語る。美容に気を使っているのは、おしゃれに着飾った服装からも、ほっそりとして綺麗な容姿からも伺える。
が、もともと風邪など滅多に引かない俊太にとってそれほど魅力的には聞こえないらしい。自分の美肌などは特に。
「そんなに砂糖入れたら、かえって体に悪いことないか?」
「そんなことないもん!糖分は脳の栄養だもん!」
「…まあ、そうかもだけどよ…」
俊太はバスケをやっているので、食べ物にはそこそこ気を遣っている。身体を締める塩とは反対に、緩めてしまうという砂糖はできる範囲で避けているものの一つだ。
「あ、でも、このお茶と甘いクッキーはなかなか相性いいかもな」
お盆に乗ったハート形の手作りクッキーをぱくぱくと食べる俊太。砂糖を避けているとは言っても、食べる時は食べるのである。
つとめて平静を装っているが、順子の口元がわずかににやけている。一生懸命焼いたクッキーを気に入ってもらえて嬉しいのだろう。
「あとね、ローズヒップの実は食物繊維も豊富だから、このまま食べるといいんだよ。」
「酸っぱいからやだ」
「えーーー」
順子が不平を鳴らす。
お茶とクッキーがひと段落すると、なんとなく話題に困るようになった。付き合い始めたと言っても、別段お互いを知っているわけでも、仲がよかったわけでもないのだ。
「…なあ、順子」
「なに?」
間髪入れずに順子が聞き返す。
「…オレのどこを好きになったんだ?」
「どこって…」
また、沈黙。
お互い、居心地が悪い。
「…俊太くんの、バスケしてる姿が格好よくて…」
「そうか、ありがとな」
……
沈黙が痛い。
「…順子は、趣味とかは…」
「お料理!あと、お裁縫!」
「…そうか。…えーと…最近は何を作ったんだ?」
「最近はえっと…トマトソースのココットに、ガレット、それに…」
「…何料理だ、それ?」
「フランスの家庭料理」
「…そう、なのか…」
しーーーん…
場が持たない。
「…オレ、そろそろかえ…」
「送ってく!」
「いいよ、そろそろ暗くなるし」
「大丈夫!懐中電灯持っていくから!」
なんとなく押し切られて、駅まで送ってもらうことになった。
薄暗くなった道を、間に一人入れるくらいの間隔をあけて歩く二人。
「今日は、ありがとな。クッキー、うまかった」
「よかった」
「あの赤いお茶は…どうにも苦手だな」
「…そっか…」
俊太は歩きながら考えていた。
早目に、断ろう。
駅についた。ほどなくして電車がくる時刻だ。
「じゃあ順子、また学校で…」
「あ、あのっ!」
「はひっ?!」
突然の大きな声でびっくりする。
「な、なんだ?」
「また…また、お茶飲みに来てくれる…?」
俊太は少し考えてから答えた。
「悪い、順子とはいろいろ好みが合わなさそうだ」
「え…」
順子は一瞬息ができなくなった。
「あたし…かわいくないから?」
しぼりだすような順子の声は涙声になっていた。うつむいて表情は見えないが、わずかにふるえている。
「いや、めっちゃ可愛い」
「…ぁえ?」
涙目のまま、きょとんと俊太を見つめている。
「じゃあ…なんで?」
俊太は大きく息を一つ吐くと、順子の目を見て言った。
「もっと、順子の好きなことを、一緒に楽しめる奴を見つけた方がいいと思う」
再びうつむいた順子は手にぎゅっと力を込めている。しばらくそうしていたが、ふと顔を上げて俊太をまっすぐに見た。
「…ありがとっ」
涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら、それでも今までで一番いい笑顔で笑って見せた。傷つきつつも、どこか吹っ切れたような清々しい顔つきだった。
「…さよならっ!」
とっぷりと日の暮れた街を、順子は駆けて行った。
「…たぶんあいつ、家かどこかで大泣きするんだろうな…」
心に痛みを感じつつも、はっきり言えてよかったと思う。
「…さーて…帰るか」
ちょうど電車が入って来た。俊太は改札を通って雑踏の中に紛れ込んで行った。
遠くの空には、夕日の残光がローズヒップティーと同じ色を映していた。
俊太がいかにもすっぱそうに顔をしかめる。
「そんなこと言わないの!これ、すっごく美容と健康にいいんだから!」
順子が角砂糖をとぽとぽとぽん、と入れながら力説している。3つは入れたように見えた。
「おまえ、ホントにこんなの好きなわけ?オレ、無理」
ついこの間、隣のクラスの順子から告白され、今日初めて順子の部屋にお呼ばれした。「すっぱいからお砂糖入れてね」と出されたローズヒップティーに「男は砂糖を入れるなんてカッコ悪いことはしない」と強がって見せたが、あまりのすっぱさにあっさりギブ。高2男子のメッキなんてこんなものである。
「ローズヒップにはビタミンCがたっくさん含まれてて、免疫力アップとか、美肌に効くんだよ!」
好きかどうかには答えずに、順子が熱を入れて語る。美容に気を使っているのは、おしゃれに着飾った服装からも、ほっそりとして綺麗な容姿からも伺える。
が、もともと風邪など滅多に引かない俊太にとってそれほど魅力的には聞こえないらしい。自分の美肌などは特に。
「そんなに砂糖入れたら、かえって体に悪いことないか?」
「そんなことないもん!糖分は脳の栄養だもん!」
「…まあ、そうかもだけどよ…」
俊太はバスケをやっているので、食べ物にはそこそこ気を遣っている。身体を締める塩とは反対に、緩めてしまうという砂糖はできる範囲で避けているものの一つだ。
「あ、でも、このお茶と甘いクッキーはなかなか相性いいかもな」
お盆に乗ったハート形の手作りクッキーをぱくぱくと食べる俊太。砂糖を避けているとは言っても、食べる時は食べるのである。
つとめて平静を装っているが、順子の口元がわずかににやけている。一生懸命焼いたクッキーを気に入ってもらえて嬉しいのだろう。
「あとね、ローズヒップの実は食物繊維も豊富だから、このまま食べるといいんだよ。」
「酸っぱいからやだ」
「えーーー」
順子が不平を鳴らす。
お茶とクッキーがひと段落すると、なんとなく話題に困るようになった。付き合い始めたと言っても、別段お互いを知っているわけでも、仲がよかったわけでもないのだ。
「…なあ、順子」
「なに?」
間髪入れずに順子が聞き返す。
「…オレのどこを好きになったんだ?」
「どこって…」
また、沈黙。
お互い、居心地が悪い。
「…俊太くんの、バスケしてる姿が格好よくて…」
「そうか、ありがとな」
……
沈黙が痛い。
「…順子は、趣味とかは…」
「お料理!あと、お裁縫!」
「…そうか。…えーと…最近は何を作ったんだ?」
「最近はえっと…トマトソースのココットに、ガレット、それに…」
「…何料理だ、それ?」
「フランスの家庭料理」
「…そう、なのか…」
しーーーん…
場が持たない。
「…オレ、そろそろかえ…」
「送ってく!」
「いいよ、そろそろ暗くなるし」
「大丈夫!懐中電灯持っていくから!」
なんとなく押し切られて、駅まで送ってもらうことになった。
薄暗くなった道を、間に一人入れるくらいの間隔をあけて歩く二人。
「今日は、ありがとな。クッキー、うまかった」
「よかった」
「あの赤いお茶は…どうにも苦手だな」
「…そっか…」
俊太は歩きながら考えていた。
早目に、断ろう。
駅についた。ほどなくして電車がくる時刻だ。
「じゃあ順子、また学校で…」
「あ、あのっ!」
「はひっ?!」
突然の大きな声でびっくりする。
「な、なんだ?」
「また…また、お茶飲みに来てくれる…?」
俊太は少し考えてから答えた。
「悪い、順子とはいろいろ好みが合わなさそうだ」
「え…」
順子は一瞬息ができなくなった。
「あたし…かわいくないから?」
しぼりだすような順子の声は涙声になっていた。うつむいて表情は見えないが、わずかにふるえている。
「いや、めっちゃ可愛い」
「…ぁえ?」
涙目のまま、きょとんと俊太を見つめている。
「じゃあ…なんで?」
俊太は大きく息を一つ吐くと、順子の目を見て言った。
「もっと、順子の好きなことを、一緒に楽しめる奴を見つけた方がいいと思う」
再びうつむいた順子は手にぎゅっと力を込めている。しばらくそうしていたが、ふと顔を上げて俊太をまっすぐに見た。
「…ありがとっ」
涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら、それでも今までで一番いい笑顔で笑って見せた。傷つきつつも、どこか吹っ切れたような清々しい顔つきだった。
「…さよならっ!」
とっぷりと日の暮れた街を、順子は駆けて行った。
「…たぶんあいつ、家かどこかで大泣きするんだろうな…」
心に痛みを感じつつも、はっきり言えてよかったと思う。
「…さーて…帰るか」
ちょうど電車が入って来た。俊太は改札を通って雑踏の中に紛れ込んで行った。
遠くの空には、夕日の残光がローズヒップティーと同じ色を映していた。