rain sound-3
文字数 1,735文字
―◆―
がしがしとタワシでカウンターの上につり下げられていた電灯のガラス球の内側をこする。
飛び散る水しぶきに朱夏は少し後悔していた。
「龍蔵寺さん、割らないように気をつけてね」
司書の郡司先生も隣で同じようにタワシを動かしている。
「結構おちるものね」と楽しそうだった。
「龍蔵寺さんのクラスは準備進んでる?」
「なんか男子主導で動いてて、よく分からないです」
水を入れてクレンザーを洗い流す。真っ黒な水が満ちていく。
朱夏は顔をしかめた。
「二年生の和泉ちゃんのクラスはお化け屋敷だって言ってた。龍蔵寺さんは古本市で大丈夫?」
「はい。大丈夫です」
朱夏はクラスの当番から逃げたので、古本市に引きこもることにしていた。
「でもずっとじゃつまらないでしょ。見に行って良いんだからね」
朱夏は少し淋しい目をしてから、ガラス球の中の水を捨てた。
電話の呼び出し音がして郡司先生が「あとお願い」と水を止めると司書室の方に駈けていった。
後ろのドアが開いて4人の生徒が入って来た。
中庭からは楽器の音がしている。さっきから吹奏楽部が練習を始めていた。
ガラス球をすすいで洗面所のスミに置いた雑巾の上に伏せて置いた。雫がつつ…と下に流れ落ちていく。
郡司先生がいた洗面台の洗いかけのガラス球の前に立ち、すすぎをして汚れを流す。さっきのガラス球の隣に並べて置く。
ポケットからハンカチを取り出して口にくわえてから手を洗った。ピッと水を切ってからハンカチで拭う。
カウンターに戻ると返却本が増えている。後ろの司書室とつながったガラス戸をあけて「先生終わりました」と声をかけた。
机で作業をしていた郡司先生が顔を上げてうなずいたのを確認してから戸を閉めた。
カウンター周りにはいろいろと雑多なものが散らばっている。カードの預かり箱、返却本の箱、ハンコのたぐいが2~3コ。朱夏は気がついてカチャカチャと4回入場者カウンターを押した。
数字が4回まわって32になった。下に開かれた日誌に昨日は28と書いてある。
朱夏はイスに腰掛けると床に置いたリュックから化学のクリアファイルを取り出した。
碧子から借りてきたプリントと並べて空欄を埋めていく。
molの計算があったので、再びリュックに手を突っ込んで電卓を取り出す。
碧子が暗算でしただろう数値を公式と照らし合わせながら時折電卓をたたいてなぞってゆく。
計算ミスを見つけてしまった。
朱夏は手を止めて、目の前にある付箋を一枚はがした。【○○になるハズ】と書いて貼っておく。
すべての空欄に書き入れ終わるとクリアファイルに入れて机の上に置いた。
さっきから中庭では音出しが終わった吹奏楽部の演奏が響いている。しばらく聞いていると【ジョニーが凱旋するとき】に変わった。
「先輩」
顔をあげると二年生の和泉ちゃんが立っている。
「ん? 何?」
「値札付けってどうなりましたか?」
「昨日終わったよ」
「じゃあ、今日は終わりですか?」
朱夏はうなずいた。
「私茶道部の準備があって…」
「大丈夫だから行って良いよ」
「ありがとうございます。あ、それと」
「それと?」
「これ」
渡された黄色い短冊状の紙を見ると何かの券のようだった。
「お茶立てるので来てください」
よく見ると300円と書いてある。
「いいの?」
「できれば」
朱夏はリュックから財布を取り出して300円を渡した。
「ありがとうございます。浴衣着るんで来てください」
バイバイと手を振って和泉ちゃんを送り出した。
カチッと音が響いて時計を見ると16時45分だった。
カウンターから出て、残っていた生徒に閉館を告げる。
「先生 閉館準備して良いですか?」
朱夏は司書室にヒョコッと顔を出した。
郡司先生は軽く手を振り返した。
カーテンを開けて窓のカギを確認すると生徒は全員いなくなっていた。
西側入り口ドアのカギを閉めて東側に歩いて行く。ついでに中庭を覗くと吹奏楽部員たちもぞろぞろと音楽室に戻るところだった。
6月23日 晴れ 来館者数32人 貸出13冊 返却8冊 世はすべてこともなし
がしがしとタワシでカウンターの上につり下げられていた電灯のガラス球の内側をこする。
飛び散る水しぶきに朱夏は少し後悔していた。
「龍蔵寺さん、割らないように気をつけてね」
司書の郡司先生も隣で同じようにタワシを動かしている。
「結構おちるものね」と楽しそうだった。
「龍蔵寺さんのクラスは準備進んでる?」
「なんか男子主導で動いてて、よく分からないです」
水を入れてクレンザーを洗い流す。真っ黒な水が満ちていく。
朱夏は顔をしかめた。
「二年生の和泉ちゃんのクラスはお化け屋敷だって言ってた。龍蔵寺さんは古本市で大丈夫?」
「はい。大丈夫です」
朱夏はクラスの当番から逃げたので、古本市に引きこもることにしていた。
「でもずっとじゃつまらないでしょ。見に行って良いんだからね」
朱夏は少し淋しい目をしてから、ガラス球の中の水を捨てた。
電話の呼び出し音がして郡司先生が「あとお願い」と水を止めると司書室の方に駈けていった。
後ろのドアが開いて4人の生徒が入って来た。
中庭からは楽器の音がしている。さっきから吹奏楽部が練習を始めていた。
ガラス球をすすいで洗面所のスミに置いた雑巾の上に伏せて置いた。雫がつつ…と下に流れ落ちていく。
郡司先生がいた洗面台の洗いかけのガラス球の前に立ち、すすぎをして汚れを流す。さっきのガラス球の隣に並べて置く。
ポケットからハンカチを取り出して口にくわえてから手を洗った。ピッと水を切ってからハンカチで拭う。
カウンターに戻ると返却本が増えている。後ろの司書室とつながったガラス戸をあけて「先生終わりました」と声をかけた。
机で作業をしていた郡司先生が顔を上げてうなずいたのを確認してから戸を閉めた。
カウンター周りにはいろいろと雑多なものが散らばっている。カードの預かり箱、返却本の箱、ハンコのたぐいが2~3コ。朱夏は気がついてカチャカチャと4回入場者カウンターを押した。
数字が4回まわって32になった。下に開かれた日誌に昨日は28と書いてある。
朱夏はイスに腰掛けると床に置いたリュックから化学のクリアファイルを取り出した。
碧子から借りてきたプリントと並べて空欄を埋めていく。
molの計算があったので、再びリュックに手を突っ込んで電卓を取り出す。
碧子が暗算でしただろう数値を公式と照らし合わせながら時折電卓をたたいてなぞってゆく。
計算ミスを見つけてしまった。
朱夏は手を止めて、目の前にある付箋を一枚はがした。【○○になるハズ】と書いて貼っておく。
すべての空欄に書き入れ終わるとクリアファイルに入れて机の上に置いた。
さっきから中庭では音出しが終わった吹奏楽部の演奏が響いている。しばらく聞いていると【ジョニーが凱旋するとき】に変わった。
「先輩」
顔をあげると二年生の和泉ちゃんが立っている。
「ん? 何?」
「値札付けってどうなりましたか?」
「昨日終わったよ」
「じゃあ、今日は終わりですか?」
朱夏はうなずいた。
「私茶道部の準備があって…」
「大丈夫だから行って良いよ」
「ありがとうございます。あ、それと」
「それと?」
「これ」
渡された黄色い短冊状の紙を見ると何かの券のようだった。
「お茶立てるので来てください」
よく見ると300円と書いてある。
「いいの?」
「できれば」
朱夏はリュックから財布を取り出して300円を渡した。
「ありがとうございます。浴衣着るんで来てください」
バイバイと手を振って和泉ちゃんを送り出した。
カチッと音が響いて時計を見ると16時45分だった。
カウンターから出て、残っていた生徒に閉館を告げる。
「先生 閉館準備して良いですか?」
朱夏は司書室にヒョコッと顔を出した。
郡司先生は軽く手を振り返した。
カーテンを開けて窓のカギを確認すると生徒は全員いなくなっていた。
西側入り口ドアのカギを閉めて東側に歩いて行く。ついでに中庭を覗くと吹奏楽部員たちもぞろぞろと音楽室に戻るところだった。
6月23日 晴れ 来館者数32人 貸出13冊 返却8冊 世はすべてこともなし