第5話

文字数 963文字

 それから十日後、達成感と悔恨が相半ばする想いに疲れ果てたコオが一年の派遣期間を
終えて帰国した時、彼は一年前とは違う新たな肩書きを得ていたことを初めて知った。
 仕事の忙しさ、通信・交通事情の悪さ、それに何より悪事に手を染めているという後ろ
めたさから自らと従前の世界とを隔てていた彼にとって、帰国はまさに浦島太郎の竜宮城
からの帰還と同様だった。
 空港に着いたその場で電話を入れて初めて知った新たな肩書き、それはすべて姉夫婦に
よって与えられたものである。予想もしなかった姉ナツの出産によってコオは、「叔父さ
ん」になっていたのだった。
 電話の向こうでナツが言う。
「誕生日はあなたと同じ日なのよ」
 まさにあの難民キャンプでの誕生パーティでマディヴがコオを「叔父さん」と呼んだの
は事実だったのだ。

 電話を終え、コオがある種の不思議な感覚にとらわれながら顔を上げると、意外にもそ
こにいたのはジュリアンであった。唇の端に皮肉な笑みを見せながら近づいてくる彼に、
咄嗟に身を固くしたコオだったが、彼の懸念をよそにジュリアンが語ったのは、その後の
ブオロン族のことであった。
 タメットがどう報告したのか、その後、ゲリラ達はブオロン族の集落を襲い、破壊した
のだという。しかし、その時、既にブオロン族は集落を捨て、どこへともなく消え去った
後だったという。
「あのマディヴってのも一緒に、まるで襲撃があることを知っていたかのようにな」

 その後、コオはジュリアンとどう別れたのか覚えていない。
 伝説にいうブオロン族の不敗戦士が、いったいどういう存在を示しているのか、そのこ
とがコオの頭を占めていたからである。
 マディヴが自分を初めて「叔父さん」と呼んだ時、余命わずかなツィンカに献身的に尽
くす態度、そして、襲撃直前に部族全員が姿を消したこと…。
 伝説は不敗戦士の力の実態を伝えていないが、コオの推察通りなら、そして生をつなげ
ていくことが勝利だというのなら、それが超人的な能力であることは間違いない。
 生と死の境界を何より早く察知する能力。コオが最も親しく接していながら気づかなか
ったマディヴの能力はそれだったのだ。
                                       終
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