第177話 満足

文字数 2,159文字

「ユウト、時間ダ。中心ニ迎エ」

 巨人の身でユウトの倍もある高さからヴァルは身を見下ろしながら話しかける。

「そうか、わかった」

 ユウトは全員の方へと向き直った。

「みんな。そろそろ行ってくる。いよいよ開始だ。段取り通りやっていこう。想定外には臨機応変に、よろしく頼む」

 そう言ってユウトは星の大釜の中心を目指して進み始める。ヨーレンはその後姿を見送ると、後ろを向いた。そしてマレイがいる物見矢倉に向けて手を振り上げ、大きく回す。回しながらヨーレンはユウトの後姿をもう一度見た。



 ヨーレンの合図を確認したマレイは即座に指示を出し、それを受けた工房守備隊員たちが一斉に動き出す。手旗で信号を送る者、走る者とが次々に号令を伝播させていった。

 広大なくぼ地の外周半分を取り囲むように兵力を配置している調査騎士団、ゴブリン殲滅ギルドへと号令は流れていく。それぞれの責任者、クロノワとレイノスに号令が届けられると、両者はさらに指示を出した。

「魔術槍、投擲準備!」

 二人の指示はそれぞれ離れた場所にあってもほぼ同時に発せられる。その声を合図に濃紺の鎧に身を包んだ騎士団員とそれぞれが思い思いの装備に身を包むギルド隊員は一人ずつ手に持った同じ型の魔術槍を掲げ両足を開き同じ構えをもってその切っ先を星の大釜の底に向けた。



 ユウトは数日前にロードと歩いた草原を進んでいく。その遠く背後で構えられた魔術槍の威圧感を背中で感じながら歩いた。

 ユウトを含め、セブルもラトムも一言も発することなく進み続け、ほどなくユウトは草が押し倒された円形の広場へとたどり着く。風と、風に揺らされこすれる草の音がさざ波のように聞こえるだけだった。

 じっと待つユウトの視線の先の草むらが不自然に揺れる。そこからのそりと現れたのはぼろ布をまとうロードだった。

 二本の脚で地を踏みしめ直立している。その姿は堂々としていた。



「あれが・・・そうなのですか?」
「そうです。最後のゴブリン、ゴブリンを統べる者。ゴブリンロードです」

 双眼鏡を食い入るようにのぞき込んでいるドゥーセンの問いに対し、マレイは即答する。立ち並んだ物見矢倉からは数多くの双眼鏡、単眼鏡が並び、反射光を瞬かせた。

 誰もが固唾を呑んでゴブリンロードの姿を目に焼き付けようとしている。星の大釜の底をのぞき込む全ての視線がただ一点の魔物へ集中させられていた。



 ユウトの呼吸は落ち着いている。しかし心臓の鼓動だけが大きく強く、早くなってくのを止められないでいた。

 かすかに震える手で持つ大魔剣を握り直す。そしてその切っ先をロードに向け足を開き静かに構えた。

 ロードは被ったぼろ布を脱いで日の元に顔を晒す。その表情は清々しいほど憎たらしく活き活きとし見えた。

 対するユウトは脈打つ鼓動の感触に不快感を感じ、なんとも言えない緊張感に顔をゆがませている。ロードは腰から何かを抜いた。それは柄のついた半透明の鉱石。ロードはそれをまるで武器のように握り、前かがみに背中を丸めて腰を落とし構えた。

 風は止み、向かい合う二人は言葉も交わさずじっと待つ。そしてまた風が吹き抜けるのに合わせるようにして、ロードは駆けだした。

 ユウトへ直進するロードの姿には人形のような無気力さは感じられない。地を蹴り荒々しく前進するロードからぼろきれは取り残されて引きはがされた。

 勇ましい表情の頭部と、それに似合わない歪で小柄な身体のゴブリン。ユウトは確かに殺気を感じ取った。

 ロードは地を蹴り高く跳び上がる。その姿は昇った太陽を背にユウトの視界から姿を消す。ユウトも即座に地を蹴った。

 魔力の圧縮と開放を瞬時に行いユウトがいた場所では土と草が打ちあがる。一瞬で魔はつまりユウトの突き上げた大魔剣の切っ先は空中のロードの胸の正中を貫いた。

 ユウトはその姿勢を維持する。ロードは自身の身体の重みでさらに突き立てた大魔剣にその身をうずめていった。

 紺碧と細やかな溝の彫り込まれた大魔剣の刀身がロードの血によって赤々と彩られ、滴った血は受け止める純白の鎧を赤黒く染め上げる。それでもロードの表情には生気がみなぎり眼下のユウトを見つめていた。

 ロードの視線をユウトは受け止め、強張る身体はユウトの歯を鳴らす。ロードは震えながら腕を上げると握られた短剣が力をなくした指からすり抜けユウトの兜に当たって落ちた。

「満足、だ・・・行け・・・後を・・・まか、せる」
「ああ、まかせろ・・・」

 深々と貫かれながらロードはユウトに語り掛ける。ユウトは無傷のはずの自身の身体に痛みを感じたような気がしたがそれが激しい鼓動のものかどうかわからなかった。

 眼前に正対するロードを見上げてユウトは思い出す。ある時まどろみの中で見た怪物の姿。憂いと哀しみをたたえた表情をした怪物は今、満ち足りた表情へでその命を果てさせようとしていた。

 天を指す大剣に貫かれたゴブリンの光景。それを見る者たちはそれぞれに高ぶる感情を胸に感じて呆然としていた。しかしその余韻はただちにかき消される。異様な地響きが星の大釜に満ちる緊張をあふれさせた。

 野営基地から星の大釜を挟んだ奥の森がざわめき木々が揺れ、なぎ倒される。そして流れ出すようにして黒々とした何かが森からあふれ出し、草原を浸食し始めた。
 
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