001.とある編集の事情

文字数 1,856文字

都内マンションの一室。


モニタをみて虚ろな目をする作家と、やけに顔色のいい編集がそこに居た。

先生! 


今日はいいニュースが1つと、悪いニュースが5つあるんですけど、どっちから聞きます?

割合がおかしい!


その割合なら総括して悪いニュースしかねえようなもんだろ!

え、じゃあ悪いニュースを5連発、イっちゃっていいんですか?
なんで嬉しそうなんだよ! 腹立つな!



とっとと言っちゃえよ!

えー、じゃあ一つ目。



『文壇』でやってる先生の連載小説、タイトルは忘れましたが打ち切りです。

編集がどうしてタイトルを忘れる!?




『A MAN ON THE BRINK』だろ!



『MAN WITH A MISSION』では?
いつから俺はバンドになった!
あれ、宇宙オオカミが地球侵略するSFだったような……
元銀行員が脱サラしてパン屋をやるハートフル小説だろ!


お前読んでないだろ! 俺の原稿!

あの雑誌、あのレベルで1980円っていうんですから、安月給の僕には買えませんよ。
最初にその原稿を送ったのがお前だよ! 買う買わないの話じゃねえ!


あとあのレベルってなんだ、あのレベルって。

いや、だって編集のこの僕を見て下さいよ。このレベルの編集がいる雑誌ですよ。



ねぇ。

この上なく説得力があるのが腹立つ!



ほら、残りの悪いニュースもとっとと言えよ……

なんかもう別々に言うのも面倒になってきたんで、まとめますね。



先生が連載小説の他に弊社とそのweb媒体でやってる、企画、書評、エッセイ、全部打ち切りです。

人生が打ち切られてるんだが! 




どうなってんだよ!

いや、出版不況の波が押し寄せてましてね……



働き方改革とやらの余波で人件費も切り詰められてますし、ウチは中規模の出版社には珍しく労働組合があって、そこがうるさいので人員整理もままならなくて……

結局切りやすいところで、落ち目作家の俺を切ったという訳か。



お前みたいな無能を切れないのが労働組合のせいだとしたら、それはそれで本末転倒な気がするけどな!

まぁ、労働組合の委員長が僕ですしね。
最悪じゃねえか!


お前のクビを物理的に切るぞ!

いや、僕もここまで悪いニュースを先生に伝えたところで、流石に先生にボコられる可能性は危惧していましたよ。



だから、いいニュースもあるって言ったじゃないですか。

もう俺はHPゼロの瀕死状態なんだが?


ふっかつのじゅもんレベルのいいニュースなんだろうな?

ええ!



作家としてはこれ以上に嬉しいニュースはないというぐらい、極上の知らせとなっております。

何だよ! もったいぶらずに言え!


















先生は、もう〆切に追われずに済むということです!
お前のクビを絞めてKILLぞ!




俺の作家人生、最後大仕事を決めてくれてありがとうな!

いやいやいやいや冗談ですよ! 先生目がマジなんだから!




一応全部打ち切りという編集長の方針だったんですが、なんとか一つだけということで新企画をお願いすることになりました。

いや、それならやってる連載小説だけ最後までやらせてくれないかな……
それは残念ながら……



来週からノンフィクションドキュメント『MAN WITH A MISSION』が連載されるんで、タイトルが紛らわしいということであの小説はボツになりました。

わざとだろ! 



なんで文芸雑誌でアーティストの自叙伝的なのやるんだよ!

多角経営ですよ、多角経営……上の判断です。



先生にやってもらうのは、人生相談の企画だそうです。

人生相談?




なんか読者からの投稿に、ただテキトーに答えればいい誌面埋めの企画か?

いや、ガチな相談者が先生と対談して、僕が文字起こしして発表します。


原稿料も取材費も出るカネになる企画ですよ。

まぁ、生活が怪しくなってきた俺にはありがたい話だが……



タイトルとかは? こっちで決めるのか?

いや、もう決まってるんですよ。



『池森圭治のいつもギリギリで生きていたいから、アッー!』です。

誰が決めたんだ! 色々おかしいぞ!
編集部が珍しく満場一致でそのタイトルに決まりました!
お前個人じゃなく、出版社まるまる無能な気がしてきたぞ……
ちなみに、記念すべき第一回目はもう終わりましたので……


あとで書き起こし送るので、チェックお願いします。

は?



まだ誰とも対談も相談もしてねえけど?

いや、第1回のゲストは……



僕です。



この会話が雑誌に載るんですよ!

意味がわかんねーよ!
いや、そう言われても僕にもわからないんですよ……
……







『池森圭治のいつもギリギリで生きていたいから、アッー!』 

 

 第1回 おわり



ゲスト……安崎(弊社編集)

聞き手……池森圭治(作家)




(次号へ続く)

ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

池森 圭治 KEIJI IKEMORI



32歳男性。作家。漫画原作者。

過去にはヒット作もあった作家だが、近年は鳴かず飛ばず。


ジャンルは本人の主張によると純文学だが、世間的にはイロモノ扱いされている。



<代表作>


『地を這うホイール』(著)

『すべてがパーになる』(著)

『加害者Aの放蕩』(著) 


『こんにちは希望の生徒』(原作)

安崎  ANZAKI




34歳男性。共創文芸社の編集。労働組合の委員長。


万年窓際族だが、巧妙にクビだけは回避している自称敏腕編集者。

那古野 絵見 EMI NAGONO



主婦。第5話に登場。

ビューワー設定

背景色
  • 生成り
  • 水色