エルサレムへの道
文字数 1,467文字
エリコからエルサレムへと至る道を、若い娘が歩いていた。隣をもう一人、やはり若い女が歩いていたが、娘よりは幾分、年長のようだった。若い娘は高貴の生まれと見えて、その姿には気品と、毅然たるものとが感じられた。
二人の女のゆく道は、どこまでもひたすら荒れ野だった。太陽と、岩石と、灌木と、波打つような起伏が、見渡すかぎりに続いている。
二人は、もう半日歩き詰めだった。娘の足どりはまだ確かだったが、女のほうは時折よろめき、肩で息をしていた。
「姫様、エルサレムはまだ遠いのでしょうか」
女は荒い息をしながら問うた。
「私にわかるわけがないじゃないの」
叱るような声には、まだ幼さの残る響きがあった。
「道は間違っていないでしょうか」
娘は、女のほうに顔を向けたが、その瞼は閉じたままだった。両目とも、目の中央を貫くように眉から頬にかけて、縦に傷が走っていた。
「私にわかると思うの」
女は困ったような顔をした。
「姫様はなんでもおわかりになりますから」
「きっと、こっちで合ってるわ。光を感じるもの。あの方が、自分はその履物のひもを解く値打ちもないと言われた方の光に違いないわ」
娘は眩しそうに微笑んだ。
そのとき、丘の上に幾つかの人影が現れたかと思うと、女たちのもとへと駆け下ってきた。明らかに、盗賊とわかる身なりの男たちが、八人だった。
女は小さな悲鳴をあげた。その声と、激しい足音とで、娘もそれと気づいたらしかった。
「今日の俺達は運がいい。まさか、こんな上玉が二人で歩いているなんてな。これは神の思し召しに違いない」
首領らしい男は舌なめずりしながら、女に触れようとし、女は怯えて、娘の影に隠れた。
「こっちの女は顔の傷はひどいが、まさか、身体にまで傷は無いだろう」
男たちは下卑た笑い声を立てる。娘は凛として言った。
「多少の金ならやろう。だから、私たちに構うな」
全く怖がっていないどころか、艶めかしささえ感じさせる表情だった。
「構うな?」
再び、笑声があがる。
「神がくれたものを見逃せというのか。俺達はそこまで不信心じゃないんでね。さあ、むこうで一緒に楽しもうじゃないか」
男が、娘に触れようとした瞬間、女が身につけていたベールがするすると解けて、七つの帯が奔流のように、娘の周囲に立ちあがった。まるで、七つの頭を持つ蛇のようだった。蛇は音もなく、どよめく男たちに襲いかかった。その牙が、次々と男たちを切り裂く。男たちは喚き声を上げながら、踊るかのように身を捩った。
驟雨のように血が飛んでいたが、その血は、娘にはとどかなかった。娘を汚そうとする血は、ベールのうねりがすべて飲みこんでしまうのだ。娘に隠れている女の顔のほうには、幾つか血が散っていた。
瞬く間の出来事だった。大地には七人の男たちが、憤悶の表情で呻き声をあげて転がり、一人だけが無傷で、しかし、血に全身を汚して、しゃがみこんで震えていた。
「一人、残ったわね」
「は、はい。姫様」
女は、娘に縋りながら答える。それを聞いた男は悲鳴を上げると、仲間たちを捨てて丘の向こうへと奔走した。
「殺したのですか」
「声が聞こえるじゃない」
「まるで動かない者も」
娘は黙っていた。それから、またエルサレムへの道を歩きだすと、ぽつりと言った。
「もう血はたくさん」
女はふり返って、男たちの倒れている荒れ野を見た。そこだけが黒く染まって、泥濘のようだった。
「ユディト、行くわよ」
「はい」
女は慌てて、娘を追いかけていった。
二人の女のゆく道は、どこまでもひたすら荒れ野だった。太陽と、岩石と、灌木と、波打つような起伏が、見渡すかぎりに続いている。
二人は、もう半日歩き詰めだった。娘の足どりはまだ確かだったが、女のほうは時折よろめき、肩で息をしていた。
「姫様、エルサレムはまだ遠いのでしょうか」
女は荒い息をしながら問うた。
「私にわかるわけがないじゃないの」
叱るような声には、まだ幼さの残る響きがあった。
「道は間違っていないでしょうか」
娘は、女のほうに顔を向けたが、その瞼は閉じたままだった。両目とも、目の中央を貫くように眉から頬にかけて、縦に傷が走っていた。
「私にわかると思うの」
女は困ったような顔をした。
「姫様はなんでもおわかりになりますから」
「きっと、こっちで合ってるわ。光を感じるもの。あの方が、自分はその履物のひもを解く値打ちもないと言われた方の光に違いないわ」
娘は眩しそうに微笑んだ。
そのとき、丘の上に幾つかの人影が現れたかと思うと、女たちのもとへと駆け下ってきた。明らかに、盗賊とわかる身なりの男たちが、八人だった。
女は小さな悲鳴をあげた。その声と、激しい足音とで、娘もそれと気づいたらしかった。
「今日の俺達は運がいい。まさか、こんな上玉が二人で歩いているなんてな。これは神の思し召しに違いない」
首領らしい男は舌なめずりしながら、女に触れようとし、女は怯えて、娘の影に隠れた。
「こっちの女は顔の傷はひどいが、まさか、身体にまで傷は無いだろう」
男たちは下卑た笑い声を立てる。娘は凛として言った。
「多少の金ならやろう。だから、私たちに構うな」
全く怖がっていないどころか、艶めかしささえ感じさせる表情だった。
「構うな?」
再び、笑声があがる。
「神がくれたものを見逃せというのか。俺達はそこまで不信心じゃないんでね。さあ、むこうで一緒に楽しもうじゃないか」
男が、娘に触れようとした瞬間、女が身につけていたベールがするすると解けて、七つの帯が奔流のように、娘の周囲に立ちあがった。まるで、七つの頭を持つ蛇のようだった。蛇は音もなく、どよめく男たちに襲いかかった。その牙が、次々と男たちを切り裂く。男たちは喚き声を上げながら、踊るかのように身を捩った。
驟雨のように血が飛んでいたが、その血は、娘にはとどかなかった。娘を汚そうとする血は、ベールのうねりがすべて飲みこんでしまうのだ。娘に隠れている女の顔のほうには、幾つか血が散っていた。
瞬く間の出来事だった。大地には七人の男たちが、憤悶の表情で呻き声をあげて転がり、一人だけが無傷で、しかし、血に全身を汚して、しゃがみこんで震えていた。
「一人、残ったわね」
「は、はい。姫様」
女は、娘に縋りながら答える。それを聞いた男は悲鳴を上げると、仲間たちを捨てて丘の向こうへと奔走した。
「殺したのですか」
「声が聞こえるじゃない」
「まるで動かない者も」
娘は黙っていた。それから、またエルサレムへの道を歩きだすと、ぽつりと言った。
「もう血はたくさん」
女はふり返って、男たちの倒れている荒れ野を見た。そこだけが黒く染まって、泥濘のようだった。
「ユディト、行くわよ」
「はい」
女は慌てて、娘を追いかけていった。