穴二つ:ふたつめ

文字数 1,377文字


           *           *

坂下(さかした)優美子さん。あなたの行為はほめられたものではないが、ほぼ現行犯で、大前士郎(おおまえしろう)を逮捕でき、殺人事件を解決できたのはあなたのおかげでもあるから、感謝はしています」
 警察の持って回った言い方に、優美子は曖昧な笑顔で応じた。警察署で調書を取るからと呼ばれて、それだけで緊張している。ストレートに感謝状をもらえるのならともかく、こんな妙な切り出し方をされては、嫌な気持ちになるというものだ。
「あの、それで、私のやったことは罪に問われるんでしょうか?」
「やったことって、盗聴?」
 わざわざ言葉にする刑事に、優美子は内心、毒づいた。やっぱり警察の人間て、嫌なのばっかり!
 勝村の浮気を疑った優美子は、彼の自宅の数箇所に、密かに盗聴器を仕掛けておいた。経費が結構掛かった割に、効果はゼロ。設置して二ヶ月目に突入して、いい加減撤去した方がいいかと思い始めた頃、ある日の夜に事件が起きた。優美子の用いた盗聴器は、電源は対象者の家のコンセントから取れるが、電波を飛ばせる範囲がさほど遠くなく、いちいち近くに来なければ音を聞けない。毎日様子を見に来られるほど暇ではないので、電波をキャッチし録音する小型レコーダーを勝村宅のそばの木陰にセットし、数日おきに回収する方式を採っていた。事件当夜はたまたま回収の日に当たっており、いつものように室内の物音をしばらく生で聞いてから帰るつもりでいたのだが……思いも寄らぬ場面に出くわすことになったのだ。
「盗聴そのものは注意で済むと思いますよ」
 刑事は、早くも伸びてきた髭を気にする風に、青々とした顎をさすった。
「ただ、いくつかお伺いせにゃならんことがありましてね。納得するまで、お答えいただきたい」
「ええ。ですから、こうして足を運んで……」
「当日、あなたは退社後、勝村さんの家に真っ直ぐ向かっていますよね」
 間髪入れずに質問をされ、優美子は返事に窮した。それは急に聞かれたからだけではない。事件当日の簡単な聴取で警察には、勝村宅の近くに到着したのは午後八時半頃だったと言っておいた。着いてほとんど間もなく、殺し殺されるだのの騒ぎになり、すぐさま通報した、と。
「驚くほどのことじゃありません。あなたの姿や車が、街のあちこちにある防犯カメラに収まっていたんです。それにNシステムの記録も確認が取れた。あなたが勝村さんの家周辺に着いたのは、午後六時過ぎだと推定されますが、いかがですかな?」
 お互い、椅子に座り、机を挟んで向き合っているのだが、優美子は相手にぐいと詰め寄られた心地がした。証拠があるのなら仕方がない、黙って首を縦に振る。
「だとすると、坂下さんは殺人事件の顛末を最初から聞いていたことになる。大前が勝村さんの意識を失わせるくだりは、音だけ聞いていても、異常事態だと分かるはずだ。なのに、あなたは盗聴を続け、大前が殺意を露わにしても、勝村さんがSOSを発しても、無視した。そして、大前が勝村さんを刺し殺したあと、やっと警察に通報してくれたことになる。あなた自身はまったくの安全圏にいながら、だ」
 刑事は反応を待つためか、言葉を切った。左右の肘をつき、手を軽く重ねて、相手を見据える。
 優美子はしばらく俯いていた。だが、意を決して面を起こした。
「それが何か、罪になります?」

――終わり
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