異世界からの帰還……もしくは現代版浦島太郎

文字数 2,099文字

「調べてみましたが……貴方の学校……少なくとも、貴方がそう言っている学校に、貴方が在籍した記録は有りませんでした」
 面会に来た支援団体の弁護士は、そう言った。
「えっ?」
「親御さんは……貴方の事を覚えていません。貴方の出生届も有りません。そして、貴方が死んだ日の前後……まぁ、貴方がそう言っている日ですが……貴方の住んでいた……まぁ、これも貴方がそう言っている地域ですが……において、死者が出ている交通事故は起きていません」
「は……はぁ……」
「貴方は依然として……国籍さえ不明な『正体不明の誰か』なのです……。もし、ここから出る事が出来ても……別の問題が生じるでしょう……。どうやって生活していくか、などの問題が……」
 異世界から帰って来たボクは、その翌日に、ここにブチ込まれた。
 いや、ボクを、ここにブチ込むのが妥当なのかは良く判らないが、国としては、ここ以外にボクを置いておける場所が無いらしい。
 ここは……I県U市に有る入国監理局の収容所だ。
 どうやら、ボクと云う人間が、かつて日本に存在していた記録も痕跡も……そして、他の人達のボクに関する記憶も……消えてしまったらしい。

 通学中にトラックに轢き殺され、気付いた時には、目の前にエ○ァンゲリ○ン新劇場版のア○○スみたいな「光の巨人」が何人も居た。
「すまんが手違いが起きた」
 光の巨人の1人が厳かな声で、そう言った。
「はぁ?」
「君は、自分がトラックに轢き殺されただけだと思っているだろうが……君の死は、我々がやらかしてしまった、より大きな『手違い』の一部に過ぎない。辻褄合わせの為、君を異世界に転生させる事になった。君の死は我々の責任である以上、転生先の世界の在り方を大きく変えない範囲、と云う条件付きではあるが……君達の言葉で云う『チート能力』を授けてやろう。好きな能力を選ぶがいい」

 そして異世界に転生したボクは、半年後には、その世界を征服しようとしていた「魔王」を倒し、英雄となった。
「どうなさいました、勇者様?」
 この世界に平和が訪れて一ヶ月後、共に魔王を倒した仲間だった神官が、ボクの顔を見てそう言った。
「えっ?」
「浮かぬ顔をされていたので……何か、お悩みでも?」

 ボク自身は……何を悩んでいるかは……翌日に目が覚めた時に気付いた。
 夜に見た夢は……かつての世界での平穏な学校生活。
 そうか……そうだったのか……。
「たった一度でいい……。元の世界の家族や友達の様子を知る方法は無いか?」
 ボクは、旅の仲間だった神官や魔法使いに相談した。
「かつて、勇者様のように、異世界より転生して、この世界を救った方々が何人か居たと聞いております。その方々は、世界を救った後、勇者様と同じ悩みを抱かれた……と」
「そうか……」
「その方々の多くは、元の世界に戻られましたが……」
「えっ? 戻る方法は有るの?」
「お勧めいたしかねます」
「待って……どう云う事?」
「ある方は、元の世界で行方不明となり……また、別の方は、深い絶望に囚われた状態で、この世界に戻られ、その後、一度も笑顔を見せる事なく、この世界で一生を終えた、と聞いております」

 その時点で、何かに気付くべきだった。
 でも、ボクの心の中では、元の世界の家族や友達と、もう一度でいいから会いたい、そんな思いが日に日に強くなっていった。
「捨てないで良かった……」
 転生していた時に着ていた高校の制服。それを着て、古い記録に残っていた異世界転移の魔法を使い……。

「あの、……さん……」
 元の世界の学校に戻ったボクは、放課後、片思いをしていたクラスメイトの女の子を見付けに声をかけた。
「えっ?」
「驚かないで……実は……」
「誰?」
「あの……覚えてないかな? 同じクラスに居た……」
 一時間後。ボクは警察で取調べを受けていた。学校に侵入した不審者として。
 彼女はボクの事など覚えていなかった。
 担任や他のクラスメイトも同様らしい。
 そして……ボクが学校に居たと云う記録さえ無かった。

 五年が過ぎた。
 未だにボクは収容所に居た。
 国は、ボクをどう扱うかべきか決めかねているそうだ。
 そして、人間ってのは、どんな理不尽な状況にも慣れてしまうらしい。
 あの異世界での日々が現実だったのか、確証が持てなくなっていた。
 塀の外に戻れても、マトモに暮していく自信が無い。
 今のボクは……高校も出ていない、その後、5年間、普通じゃない状況に置かれて大人になった……「普通の日本人の大人」になるチャンスを失なった1人の社会不適応者だ。
 ここから出る事が出来たとして、どうなると言うのか?
 あの……神様らしきモノが言っていた「より大きな『手違い』」……それを修正する過程で、「ボクが存在しなかった歴史」が新しく作られたのだろうか?
 それもボクの想像……または妄想に過ぎないが……。
 ひょっとしたら……ここで、一生を終えるのが、ボクにとっては一番の幸せなのかも知れない……。
 ボクの知る……「元の世界」に良く似た……ただし……ボクと云う人間が存在した全ての痕跡も証拠も無い、この世界で……唯一の居場所……それが、ここなのだろうか?
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