タイムカプセル
文字数 3,399文字
「ここに来るのは何年ぶりになるかな」
そう呟きながら、俺は指折り数えてみた。
「五……! そうか、もう五年になるのか」
小学校を卒業してから五年が経っていた。だとすると、あのときからも、もう5年ほどが経っていることになる。
あのとき──俺は小学校の裏山で、一人、タイムカプセルを埋めた。
きっかけは、本当に些細なものだった。
「じゃあ、未来の自分に向けた手紙を書いて、それをタイムカプセルに入れて埋めましょう! みんなが二十歳になったときに集まって、それを掘り出すんです」
あれは卒業式が間近に迫った頃の道徳の授業だったか、帰りの学級会だったか、今となってははっきりとは思い出せないが、たしか先生がそんなことを言っていた気がする。で、みんなで思い思いのことを書いたんだっけ。
真面目に「僕の夢は野球選手になることです。未来の僕は野球選手になれていますか?」って書いているやつもいた。ふざけて「ねえ、いまなにやってる?」みたいな適当な文章に、これまた適当な絵を描いているやつもいた。中には他人に見られても大丈夫なように、凝った暗号文で書いているやつもいたっけ。しかし、あいつは果たして二十歳になったとき、その暗号文を見て、ちゃんと自分で解くことができるのだろうか?
そういえば、先生は「これは未来の自分への手紙ですから、いまみんなに見せたりしないでね。ちゃんと秘密にして、後々の楽しみにとっておきましょう」なんてことも言ってたっけ。でも、みんながなにを書いているのかぐらい、ちらっと見ればだいたいわかったんだよな。そもそも小学校の机の大きさなんて、たかが知れてる。そんなお互いのスペースが狭い状況で、秘密もなにもないもんだ。
だから俺は、パッと見は真面目、でも至極当たり障りのないようなことを書いた気がする。たぶんだけど、将来なりたいものだとか、そのためにどうがんばっていくだとか、いま好きなテレビ番組がその頃も続いているだろうかとか、誰が見てもおもしろみのないようなことを書いていたはずだ。
しかし、そんなことを書きながらも、どことなく俺は居た堪れない気持ちにもなっていた。人に見られたくないという思いからそういう無難なものを書くという行為に至ったわけなのだが、同時に、どこか自分を偽っているような、なにかむずむずするような、すっきりしないものを抱えていたような気がする。
で、そんなもどかしさをどうにかしたいと思い悩んだ挙句、俺は「そうだ! 自分だけのタイムカプセルを埋めてしまえばいいんだ!」という結論に達したのだった。
これなら誰に見られるということもない。見られて困るようなことを書いても問題はない。我ながらいいアイディアだと思った。思わず自画自賛したもんだ。
そして、学校でタイムカプセルを埋めた数日後、俺は休みの日に、一人学校の裏山に登って、筒状の缶に手紙を入れたやつを、目星を付けた木の根元に埋めたんだった。
たしか缶はお茶の缶だったはずだ。残りが少なくなってたんで、無理やり母さんに空にしてもらったんだったな。そういえば、手紙をそのまま直接入れるだけでは湿気とかでやられるかもしれないからっていうんで、口の閉じられるビニール袋に手紙を入れたんだっけ。で、それを缶の中へ入れ、念には念を入れて、その缶もビニール袋に包んだ上で埋めたんだった。
しかし、そこまで思い出しておきながら、肝心なことははっきり思い出せないままだ。
俺、結局、なんて書いたんだったっけ……?
そこだけもやがかかったように、なぜかはっきりと思い出せない。
人に知られたくないことだったんだから、当時好きだった子のこととか、将来の悩みとか、たぶんそういうことだったような気はする。人に知られると気恥ずかしい、そういうものだったはずだ。だが、不思議と答えには思い至らない。
もやもやを解消するための「俺だけのタイムカプセル」だったはずなのに、ふとその存在を思い出してしまったせいで、かえってまたもやもやさせられているというのは……、
「なんか皮肉なもんだよな……」
人知れず自嘲気味に呟くほかはなかった。
だが、それも掘ってみればわかるはずだ。
そういう結論に達して、俺は今日行動に移したのだった。みんなで「二十歳になったときに集まって、掘り出す」と決めたタイムカプセルだったら、こうはいかなかった。
自分で埋めて、自分の好きなときにでも掘り出してみようと思っていたものだったから、できたことだ。
「えっと……。たしか、このへんだったよな」
スコップを片手に、俺は一本の大きな木の前に立っていた。
五年も経っていたせいで、周辺の様子はそこそこ変わっていた。おかげでちょっと悩んでしまった。
しかし、葉や草の茂り具合は変わっても、木々の景観まではおいそれと変わるものじゃない。たぶんここで合っているはずだ。
目星をつけたあたりを、とりあえず掘ってみることにした。
はじめはすぐに見つかるものだと、たかをくくっていたが、なかなかどうして、そううまくは行かなかった。
「おかしいなぁ……」
さすがに一回で見つかるとは思っていなかったが、まさか何度も何度も掘り返し、三時間も土と悪戦苦闘する羽目になるとは思ってもみなかった。
カツンッ!
だが、苦労の末、なんとか目当てのものを発見することができた。それは茶色の缶の筒だった。どうやら外側のビニールは風化して、なくなったらしい。
「でも、こんな色だったかな?」
疑問に思いつつも、俺はその缶を開けてみることにした。
缶は思いのほか、簡単に開けることができた。
と、中からは一通の手紙が出てきたではないか。それはビニール袋にも包まれていない、風化してセピア色になったものだった。
その時、俺はようやく気が付いた。
ああ、これは俺が埋めたものじゃないや。どうやら他の人が埋めたものを、偶然にも掘り当ててしまったらしいな。
自分のものでないとわかったら、さっさと埋め直してしまえばいいものだが、俺は咄嗟、中を確認したい衝動に駆られてしまった。
なので、「万が一にも自分のものではないということを確認するためにも、一度ちゃんと中身を見ないといけないかもしれない。ほら、誰かが先に開けてしまって、ビニールだけ捨てられたっていう可能性だって、なくはないし……」などと、無理やり自分に言い訳なんぞをしてみせた挙句、ようやくその手紙を開いたのだった。
えっと……、なになに……。
「もしも明日、この世からいなくなるとしたら、あなたは誰にどんな内容の手紙を遺しますか?」
なんだこりゃ?
変な書き出しに、俺は思わず首を傾げた。
ふつうこういう書き出しって、「だれだれへ」とかではじまるもんじゃないのか?
学校のタイムカプセルのだって、みんな「将来の自分へ」っていう書き出しだったはずだ。
しかし、同時に興味をそそられ、続きを読まずにはいられなかった。
「もし私が明日いなくなるとしたら、私はこれを見つけてくれたあなたにこの手紙を書き残したいと思います──」
ひとしきり読み終えた後、俺はなんともいえない不思議な気持ちを感じでいた。
でも、なんだか嫌な気持ちではなかった。
俺は五年前に自分で埋めたタイムカプセルを探すのを止めた。代わりに持っていたメモ用紙にいまの気持ちを書きなぐり、さっき見つけたばかりのタイムカプセルに入れて、もう一度埋め直しておいた。そして、どこかすがすがしさらしきものを感じつつ、一人、山を下りた。
そして、幾ばくか時が過ぎ──。
「──というのが、私が見つけたタイムカプセルの中身だったってわけ」
「ふぅん、おもしろい話もあるもんだな」
「これって結局、誰に宛てた手紙だったんだろうね?」
「意外と、未来の誰でもない誰かに宛てた手紙とかだったんじゃないかな?」
「なるほどね。だとしたら、私たち宛ともいえるってことかな?」
「そうかもしれないな。じゃあ、手紙はちゃんと届いたってことになるな」
「でも、これってどれぐらい前のものなんだろうね?」
「さあ……?」
あのタイムカプセルが埋められて、いまがいったいどれくらいの世なのか。それは誰もわからない。
Fin.
そう呟きながら、俺は指折り数えてみた。
「五……! そうか、もう五年になるのか」
小学校を卒業してから五年が経っていた。だとすると、あのときからも、もう5年ほどが経っていることになる。
あのとき──俺は小学校の裏山で、一人、タイムカプセルを埋めた。
きっかけは、本当に些細なものだった。
「じゃあ、未来の自分に向けた手紙を書いて、それをタイムカプセルに入れて埋めましょう! みんなが二十歳になったときに集まって、それを掘り出すんです」
あれは卒業式が間近に迫った頃の道徳の授業だったか、帰りの学級会だったか、今となってははっきりとは思い出せないが、たしか先生がそんなことを言っていた気がする。で、みんなで思い思いのことを書いたんだっけ。
真面目に「僕の夢は野球選手になることです。未来の僕は野球選手になれていますか?」って書いているやつもいた。ふざけて「ねえ、いまなにやってる?」みたいな適当な文章に、これまた適当な絵を描いているやつもいた。中には他人に見られても大丈夫なように、凝った暗号文で書いているやつもいたっけ。しかし、あいつは果たして二十歳になったとき、その暗号文を見て、ちゃんと自分で解くことができるのだろうか?
そういえば、先生は「これは未来の自分への手紙ですから、いまみんなに見せたりしないでね。ちゃんと秘密にして、後々の楽しみにとっておきましょう」なんてことも言ってたっけ。でも、みんながなにを書いているのかぐらい、ちらっと見ればだいたいわかったんだよな。そもそも小学校の机の大きさなんて、たかが知れてる。そんなお互いのスペースが狭い状況で、秘密もなにもないもんだ。
だから俺は、パッと見は真面目、でも至極当たり障りのないようなことを書いた気がする。たぶんだけど、将来なりたいものだとか、そのためにどうがんばっていくだとか、いま好きなテレビ番組がその頃も続いているだろうかとか、誰が見てもおもしろみのないようなことを書いていたはずだ。
しかし、そんなことを書きながらも、どことなく俺は居た堪れない気持ちにもなっていた。人に見られたくないという思いからそういう無難なものを書くという行為に至ったわけなのだが、同時に、どこか自分を偽っているような、なにかむずむずするような、すっきりしないものを抱えていたような気がする。
で、そんなもどかしさをどうにかしたいと思い悩んだ挙句、俺は「そうだ! 自分だけのタイムカプセルを埋めてしまえばいいんだ!」という結論に達したのだった。
これなら誰に見られるということもない。見られて困るようなことを書いても問題はない。我ながらいいアイディアだと思った。思わず自画自賛したもんだ。
そして、学校でタイムカプセルを埋めた数日後、俺は休みの日に、一人学校の裏山に登って、筒状の缶に手紙を入れたやつを、目星を付けた木の根元に埋めたんだった。
たしか缶はお茶の缶だったはずだ。残りが少なくなってたんで、無理やり母さんに空にしてもらったんだったな。そういえば、手紙をそのまま直接入れるだけでは湿気とかでやられるかもしれないからっていうんで、口の閉じられるビニール袋に手紙を入れたんだっけ。で、それを缶の中へ入れ、念には念を入れて、その缶もビニール袋に包んだ上で埋めたんだった。
しかし、そこまで思い出しておきながら、肝心なことははっきり思い出せないままだ。
俺、結局、なんて書いたんだったっけ……?
そこだけもやがかかったように、なぜかはっきりと思い出せない。
人に知られたくないことだったんだから、当時好きだった子のこととか、将来の悩みとか、たぶんそういうことだったような気はする。人に知られると気恥ずかしい、そういうものだったはずだ。だが、不思議と答えには思い至らない。
もやもやを解消するための「俺だけのタイムカプセル」だったはずなのに、ふとその存在を思い出してしまったせいで、かえってまたもやもやさせられているというのは……、
「なんか皮肉なもんだよな……」
人知れず自嘲気味に呟くほかはなかった。
だが、それも掘ってみればわかるはずだ。
そういう結論に達して、俺は今日行動に移したのだった。みんなで「二十歳になったときに集まって、掘り出す」と決めたタイムカプセルだったら、こうはいかなかった。
自分で埋めて、自分の好きなときにでも掘り出してみようと思っていたものだったから、できたことだ。
「えっと……。たしか、このへんだったよな」
スコップを片手に、俺は一本の大きな木の前に立っていた。
五年も経っていたせいで、周辺の様子はそこそこ変わっていた。おかげでちょっと悩んでしまった。
しかし、葉や草の茂り具合は変わっても、木々の景観まではおいそれと変わるものじゃない。たぶんここで合っているはずだ。
目星をつけたあたりを、とりあえず掘ってみることにした。
はじめはすぐに見つかるものだと、たかをくくっていたが、なかなかどうして、そううまくは行かなかった。
「おかしいなぁ……」
さすがに一回で見つかるとは思っていなかったが、まさか何度も何度も掘り返し、三時間も土と悪戦苦闘する羽目になるとは思ってもみなかった。
カツンッ!
だが、苦労の末、なんとか目当てのものを発見することができた。それは茶色の缶の筒だった。どうやら外側のビニールは風化して、なくなったらしい。
「でも、こんな色だったかな?」
疑問に思いつつも、俺はその缶を開けてみることにした。
缶は思いのほか、簡単に開けることができた。
と、中からは一通の手紙が出てきたではないか。それはビニール袋にも包まれていない、風化してセピア色になったものだった。
その時、俺はようやく気が付いた。
ああ、これは俺が埋めたものじゃないや。どうやら他の人が埋めたものを、偶然にも掘り当ててしまったらしいな。
自分のものでないとわかったら、さっさと埋め直してしまえばいいものだが、俺は咄嗟、中を確認したい衝動に駆られてしまった。
なので、「万が一にも自分のものではないということを確認するためにも、一度ちゃんと中身を見ないといけないかもしれない。ほら、誰かが先に開けてしまって、ビニールだけ捨てられたっていう可能性だって、なくはないし……」などと、無理やり自分に言い訳なんぞをしてみせた挙句、ようやくその手紙を開いたのだった。
えっと……、なになに……。
「もしも明日、この世からいなくなるとしたら、あなたは誰にどんな内容の手紙を遺しますか?」
なんだこりゃ?
変な書き出しに、俺は思わず首を傾げた。
ふつうこういう書き出しって、「だれだれへ」とかではじまるもんじゃないのか?
学校のタイムカプセルのだって、みんな「将来の自分へ」っていう書き出しだったはずだ。
しかし、同時に興味をそそられ、続きを読まずにはいられなかった。
「もし私が明日いなくなるとしたら、私はこれを見つけてくれたあなたにこの手紙を書き残したいと思います──」
ひとしきり読み終えた後、俺はなんともいえない不思議な気持ちを感じでいた。
でも、なんだか嫌な気持ちではなかった。
俺は五年前に自分で埋めたタイムカプセルを探すのを止めた。代わりに持っていたメモ用紙にいまの気持ちを書きなぐり、さっき見つけたばかりのタイムカプセルに入れて、もう一度埋め直しておいた。そして、どこかすがすがしさらしきものを感じつつ、一人、山を下りた。
そして、幾ばくか時が過ぎ──。
「──というのが、私が見つけたタイムカプセルの中身だったってわけ」
「ふぅん、おもしろい話もあるもんだな」
「これって結局、誰に宛てた手紙だったんだろうね?」
「意外と、未来の誰でもない誰かに宛てた手紙とかだったんじゃないかな?」
「なるほどね。だとしたら、私たち宛ともいえるってことかな?」
「そうかもしれないな。じゃあ、手紙はちゃんと届いたってことになるな」
「でも、これってどれぐらい前のものなんだろうね?」
「さあ……?」
あのタイムカプセルが埋められて、いまがいったいどれくらいの世なのか。それは誰もわからない。
Fin.