第18話

文字数 3,473文字

石見下理都子。
彼女の存在を知ったのは、俺がまゆみと付き合い始めてからだった。

同じ大学の医学部に在籍をしていたが、彼女理都子については全くと言ってもいいくらいその存在を知る由もなかった。

多分彼女を知るまでに、俺は理都子と同じ抗議に出席をし、時には同じ実習チームとして直ぐ側にいた存在でもあったはずだが、俺と理都子の接点はまったくなかった。

彼女理都子と初めて出会った? いや認識したのはまゆみと付き合いだしておよそ3か月が過ぎたころだったと思う。

初めて彼女の家に招待されたとき、どこか見覚えのある女性がその家にいたからだ。
はじめ、理都子の俺に対する印象は……

なかった……

彼女の家の廊下ですれ違い、軽く会釈をしてただ通り過ぎた。
今思えばそんな感じだった。

まぁちょっと歳の離れた姉妹でもあるし、まして姉の彼氏という奴が自分と同じ大学の同じ学部だったこともあったのかもしれないが、初めは理都子の存在は俺にとってはないものと同じであったというべきだろう。

最も俺自身も、学部にいても理都子のことを特別気にするようなことはしなかった。
理都子にしてみれば俺は自分の姉が付き合う男であって理都子自身には何ら関係のない人間だったのだから。

その何ら関係のない人間にまゆみはよく理都子を通して俺に連絡をしてきた。
まゆみ自身直接俺に言えばいいのをわざわざ理都子を中に入れて、まるで俺とまゆみの伝言板のような役割をするようになったのだ。

それに対して、理都子自体はいやとも何とも、ほんとうに無表情な状態で俺とまゆみの伝言板の役割をこなしていた。

今思えばなぜ、わざわざ理都子を返してまゆみは俺に事あることに用事を伝えたのだろうか?

まぁ、そんなことを深く考えればきりがないだろうが、多分まゆみにしてみれば学内にいたころ俺と付き合っていたことをほかの学生には知られないようにしたかったのかもしれない。

不用意にメールや通話をしているところを友達なんかに怪しまれれば、その話題は瞬く間に広がるのは目に見えていたからだ。

何せ、医学部内においてはまゆみ生存在は特別な存在でもあった

学内唯一の才女でありあの美貌、そして屈託のないあの笑顔。
どこをどうとっても、ほっとかれ干されることはない……いや言いよる男どもの多さは数知れないという状態だったのだから。

まゆみと理都子、この姉妹、特別仲がいいという訳ではなかったが決して悪い状態であったということでもなかった。

姉としてまゆみは理都子のことをよく想っていた。いつも理都子の行動やそして受講する内容などでのアドバイスを施していた。

最もそれは俺のほうが理都子よりも多かったことは確かだ。
何せ俺は、学内においては成績は浮きもしなければ沈みもしない、中途半端な状態を維持していたのだから。

そんな理都子と変な壁を作ることなく自然体で話をできるようになったのは、まゆみが医学部の学位を取得し卒業してからだったと思う。

常見教授から秋島まどかに会うように勧められて3日後の夜、俺の携帯に彼女秋島まどかから連絡があった。

「お久しぶりです田辺先生ですか?」

彼女の声を聞くのはもう3年ぶりになるのだろうか。

あの時、あの特別室の病室にいたころの話し方とは違い大人びた話し方の彼女にちょっと俺のイメージが狂ってしまった。

「随分と久しぶりだね。その後の体調はどうですか?」

卒なく?というべきだろうかまずは彼女の状態を確かめる会話から入った。
すると最初のあの少し大人びた言葉使いから一変して、あの頃の秋島まどか。まどかちゃんに急に変わった。

「ちょっとぉ、そんなに心配なんですか私の事。私の手術にちゃんと立ち会ってそして経過も全て見届けた田辺先生から出る言葉じゃないんじゃないんですか」

「おいおい、相変わらずだな。いきなりもとにもどったんじゃんじゃないか」

「あら、私の本当の姿一番知っているのは田辺先生でしょ。お父様にだって知られたくないことまで、何でも話した仲じゃないですか。今更でしょ」

もう笑うしかないな

「ところで田辺先生、もう常見の叔父様からお聞きになっていると思うんだけど、今度私、田辺先生のいる城環越付属医科大学に実習に行くことになりまして……」

「うん聞いたよ。もう4回生なんだってね。早いもんだ。」

「そうぉ、私にしたらあっというまよ。それにまだ4回生なんだぁ、後2年もあるんだなんて、早く私も医師免許とりたくてうずうずしてるのに。振り替える時間は速いけど、これから向かう時間は物凄く長く感じるの」

終わったことは、過ぎ去った時間は彼女にとっては単なる通過点に過ぎない。だからこそ、今まで費やした時間は彼女は振り返らない。

彼女、秋島まどかには自分の生涯をかけた目標がある。

一度消えかけた、いや彼女にしてみれば消えた命の炎を再び蘇らせる仕事。死という終わりを目前にしたものだけが感じることができるあの感情から一人でも多くの人をまた新たなる光という生きる力へと導きたい。

秋島まどかは……自分の命の尊さを身をもってその大切さを理解した。
その想いを糧に医師になろうと決意した。

Broken Heart《壊れた・崩れた心》を持つものに新たなる光を求めて……
俺は秋島まどかから一つのことを教えられた。

それは……

自分が死を受け入れた時、見えてくるその先の事だ。
死は決してゴールではないということを……

「そうだ、そうだ田辺先生、今日電話したのはね、田辺先生と石見下先生の予定を聞きたかったの」

「ああ、そういえば一度理都子と一緒に会うように常見教授から言われていたな」

「そうそうそれ、だからねお二人の予定に私が合わせようと思って聞きたかったの」
「でもなんで理都子と一緒でなきゃいけないんだ?確かまどかちゃんは理都子とは面識なかっただろ?」

「ふふふーん。知らないのは田辺先生だけだからねぇ」

何とも意味ありげなそして、彼女がこんな返しをする時は必ずと言っていいくらい裏がある。

でも俺はあえて今この場ではそのことを詮索しない。すれば必ず痛い思い?いや、彼女とかかわってから得た防御策と言うべきだろう。

「俺と理都子今夜は当直だから、そうだな……明後日だったら多分大丈夫だと思うんだけど」

「明後日ね、分かったわ。場所と時間は後でメールしておくから」

「ああ、わかった」

「そうそうこれだけは念を押して行っておくけど、必ず石見下先生も連れてきてね。田辺先生一人だと何の意味もなくなっやうんだから」

「ん?、なぁ、まどかちゃん……」

俺が耐え切れず理都子にこだわることを聞こうとしたとき

「それじゃぁねぇ……」

と、一方的に電話は切られた。

あっけにとられながらもそれが彼女であるからこそ、そうだということをいやというほどわかっている俺は逆に、彼女、秋島まどかの元気さが伝わってきたような気がしてなぜかホットしていた。

すぐに理都子に明後日の予定を聞きに行くと

「明後日? 多分大丈夫だと思うけど、珍しいわね田辺君が私の予定を聞くなんて」

不思議そうな顔をしていたが

「実は俺が前お世話になっていた病院の患者で……」

そこまで言うと理都子はちょっと目を見開いて
「もしかしてまどかちゃん?」

「ん?な、なんで知ってるんだ」

「ちょっとね」とニコッと微笑む理都子の顔を見て

「はぁ~」ため息が一つ出た。

絶対こいつら何か企んでいる。まどかちゃんといい、理都子にしても、そもそも事の発端は常見教授?

俺の知らないところで俺の周りで何かが今、動いている。

それにただ今は乗るしかない自分に少しあきれながらも、秋島まどかとの再会を心なしか楽しみにしている自分がいる。

◇◇

「田辺先生、今日は何して遊ぶ?」
俺が非常勤で勤務するとある市病院の特別室の病室のベッドの上でいつもそのドアを開ける俺を待つ少女。

秋島まどか

彼女は三尖弁閉鎖不全症、そして拡張型心筋症の合併症を患う患者。

彼女の身体には何度か行われた術痕がある。胸を走る傷あと、そして大腿部からなんかい行われたであろうと思われるカテーテルアブレーションの痕。

何度も死の境界線をくぐり抜け、いま彼女は何とか己の命の火をつないでいる。

自分の命があともう少しで消えることを知りながら……


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