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 まだ暑い日が続く中、学生たちの話題は夏の終わり頃から準備する卒業制作と、進路についてだった。特に学生ホールの掲示板に貼り出される、業界関連の就職情報を見て、落胆を隠せなかった。月給十三万円ほどの会社もあれば、その表記すら無いものもある。卒業した先輩たちの話を聞いても、休日も勤務時間も曖昧で、「好きでなければ勤まらない」世界だった。テツヤのような消去法で人生を選択してきた人間にとって、いよいよ選択肢が無くなってきた。ある程度は覚悟していたとは言え、いざその現実に直面すると、往生際が悪い。また何か他のことへと逃避したくなる。ただ、学生の唯一の希望は、同じ敷地内にある経営母体でもあったN撮影所への就職。それを期待して入学してきた者も多い。実はテツヤもその中の一人だった。毎年、学生の中から数人ではあるが、実際にN撮影所に就職できる者がいる。学生時代の成績や、先生、撮影所とのコネをうまく作り上げた者だけが、潜り込むことができる。明日倒産するともわからない無名のプロダクション、制作会社に就職するより遥かに夢があった。そのためにも学生たちは卒業制作に力を注いだ。脚本、演出、制作、撮影、照明、録音、記録、編集、大道具、小道具、メイク、皆、それぞれの志望の中で、自分をアピールして行かねばならなかった。勿論、ミライたち俳優科も、まずは学生監督の目にとまり、キャスティングされなければ作品に出演することもできない。将来、業界のスタッフとして散らばって行く仲間と、いつどこで縁があるかわからないのである。すでにこの時から、将来の自分の売り込みが始まっていた。その丸裸にされたような心細さは、なし崩し的に崩壊して行く人生の幕開けでもある。心のどこかで、まだ冷静を保とうとする自分がいて、誰かがやり直しをさせてくれると信じていた。
ミライたちにとっては、就職先は無いに等しい。オーディションに合格することが当面の目標だった。俳優科の学生の殆んどが、学校とは別にレッスンを受けていたし、業界人の目にとまるような作品へのエキストラ参加、コネクション作りに忙しかった。ミライのようにクラスの日陰にいて、誰かが陽を当ててくれるような世界じゃない。ミライも心のどこかでわかっている。いずれ、この中の殆んど全ての人が、俳優になるのをどこかで諦める。テツヤたちは仕事を選ばなければ、業界で何らかの仕事を得ることができる。しかし、俳優の卵はそうではない。
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