一の段

文字数 2,119文字

vb この地に戦争が5年以上途絶えた事は無い。
 この何百年も争いは絶えなかった。
 しかし、これほど大規模な戦いは数十年ぶりのものだった。
 大陸の西に位置する三大強国が全面戦争になったのである。
 最初の原因は、些細な領地争いを巡る政争の結果であった。
 ずっと国境が定まらず交渉が続いていた交通の要地エピステンの領有をめぐって、西で最古の王室であるレクノ王家とこれに次ぐ歴史を持つガガン皇国が数か月も会談を続けていた。
 だが、この結果の見えぬ折衝に業を煮やしたガガン皇国は、驚くほど大規模な戦力をここに神速ともいえる早さで送り込み、武力占拠をしてしまったのだ。
 これまでの慣例だと、占拠した時点でその地の主権は移動する。
 しかし、それは戦時慣例だ。
 正式な戦争の通達の無いまま行われたこの占拠に激怒したレクノ王家は、全力でこれに抵抗した。
 レクノ王家は全面戦争をガガンに通告。王家の矜恃が激しく傷つけられたと感じ、ガガンの動員した2倍もの兵力を彼の地に送り込んだのである。
 当然、ガガンはこれに応じた。
 これまでの歴史を振り返れば、ここまではよくある領地を巡る攻防だったのだが、ここに思いも寄らぬ事態が起きた。
 大陸西で最も新しい大国、ファレン共和国がなんとレクノとガガン両国に同時に宣戦布告してきたのである。
 これには、両国とも度肝を抜かれた。
 彼らが挑んでくる意図が全く読めなかったのだ。
 しかし、これは間違いなく大きな変化だった。
 レクノもガガンも、予期せぬまま底の知れない消耗戦争に放り込まれてしまったのだ。
 兵力的に見ると三国は拮抗しているように思えたが、とにかくファレン共和国の動きが読めなかった。
 最初北部のガガンとの戦闘に傾注していたレクノは、次第に南部でのファレンとの戦闘に兵力を持っていかれるようになった。
 戦争が2年目に突入したころには、もう国庫の大半は戦争に費やされ、国内の生活はどん底になっていた。いや、それは他の2か国も似たようなもので、実はこれが戦争の局面に大きな変化をもたらすことになった。
 ファレンの参戦により国力を全て戦争に傾けていたのはガガンも同じなのだが、彼の国は内に大きな癌を抱えていた。
 皇室の権力があまりに大きかったことから、その反動勢力が水面下で大きく膨らんでいたのだ。
 戦争2年目の終わりの冬に皇室が人民への配給を削減する決定をした時点で、ついにその癌は主の喉笛に喰らいついた。
 ガガン皇国の内部勢力であった黒襟党が事実上のクーデターを敢行、皇室の全員を捕縛したのだ。
 議会も掌握した彼らは、皇室の粛清と新国の樹立を宣言した。こうしてガガン皇国は消滅、新成帝国ゴベルが誕生すると、三国戦線をめぐる情勢は一変したのである。
 新帝国は、国威回復をスローガンに体制を強固化させ、軍の一大強化を図り、押されていた戦線を一気に挽回してきたのである。
 レクノ王国の領国であった外テリアルは、元々はガガン皇国との緩衝地帯ともいえる地勢にあったのだが、新帝国の国軍は大量生産された機械化兵力を楯にここに侵攻し、北部戦線を支えていた王立軍遣北方面軍は総崩れとなったのである。
 この北部戦線の苦境が、そのまま全戦線の士気に影響し、レクノ王国軍は完全に守勢に回らざる得なくなったのであった。
 精神的躓きはそのまま戦況に転化した。
 比較的優位に進めていたファレン共和国との間の南部戦線においても、海軍作戦で失敗を犯し、王立第1艦隊が壊滅するという窮地に追い込まれてしまったのである。
 対新帝国との戦いを主眼に置きたい王室と不気味なファレン共和国との戦いを優位にしたいレクノ軍首脳部は衝突した。
 王は軍を押し切ろうとしたが、王妃グリアナがこれを引き止め、対ファレン戦への引き続いての増強を認めさせた。
 残った海軍艦隊の再建を託された宰相マゼスタは、北テリアルとレクノ本国の間に横たわる帯状の内海であるバドー海から、主戦艦隊に向け大型艦艇の大規模な引き抜きを行った。
 しかしこれは、そんまま遣北方面軍の苦境を助長する結果へと繋がってしまった。
 新帝国ゴベルは、ガガン皇国時代からの引き継ぎで、海軍力は微々たるものしか有しておらず、バドー海における作戦行動も限定されたものであったのだが、新政権はこの穴を空軍力で埋めるという大英断を行っていた。
 当初こそ、結果は目に見えたものとはならなかったが、時間の経過とともに、黒襟党を率いるムーラン首相の慧眼が正しかったことが明らかになってきたのである。
 いや、この英断だけでなく、ムーランの執った軍事的オプションのことごとくが、理にかなった、言い換えれば確実な勝利への道筋となって現れてきていたのであった。
 新暦413年春。外テリアルを舞台とした、レクノ王国北部戦線は全面的瓦解の危機に瀕することになった。
 そして運命のいたずらは、この危急の地に思いも寄らぬ落とし物を置いて言った。
 それは文字通り、世界の救世主になる得る存在…
 だが、その事実を知っているのはまだほんの一握りの人間だけなのだった。
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