第45話 商館立て直し
文字数 3,398文字
「まずはお茶にしましょう」
僕はラスさんを座らせ、ムハマッドにも手伝わせて卓上に籠の中身を並べた。簡単な菓子類だけど、駐在員はしばらくこんなものを口にしていないんじゃないだろうか。
「お腹は空いてます? あとでちゃんと食事も作らせますからね」
だけどラスさんは、それどころじゃないみたいだった。いや、空腹ではあるようなんだけど、それよりも聞いて欲しいとばかり、鼻水をすすりながら僕の上着の裾を引っ張ってくるんだ。
「もうオランダは、このまま滅びるのかと思ったよ」
ラスさんは大きな音を立てて鼻をかみ、それまでの苦労を切々と語りだした。
まずは前商館長ヘンミー氏の件だ。
彼はもともと体調が悪かったが、幕府に命じられたエド参府をどうしても断ることができず、無理を押してナガサキを発ったそうだ。
長旅に耐えてエドに着き、皇帝への挨拶の間も何とか持ちこたえたが、ナガサキに帰還する途中、ついに「エンシュウ・カケガワ」という土地で倒れ、息を引き取ったということだった。
ああやっぱり死亡していたのか。
長椅子の上で前のめりに聞いていた僕は、黙って大きくうなずいた。死因はよく分からないが、この日本に滞在中、命を落とすオランダ人は時々いるのだという。
あるいはヘンミー氏の場合、伝染病の類だったのかもしれない。ほぼ時を同じくして、ナガサキの商館に残っていた人々も次々と病に倒れたというんだから。
とにかくそれまで十名以上いたオランダ人は、一気に六名にまで減ったということだった。
悲劇はそれにとどまらなかった。ラスさんは泣きながら言葉を継ぐ。
「仲間の死亡で、ただでさえ落ち込んでいたのに、そこへ追い打ちをかけるかのように大規模な火災が起こってね。我々は主要な建物を、すべて失ってしまったのだ」
火事?
僕は改めて周囲を見回した。
そうか、だからこんなにボロボロなんだ。何だかこの商館、気息奄々たるオランダ国家を体現しているような気がするよ。
そもそもラスさんたちは、交易のためにここナガサキに駐在している。
でも自国の船が来ない以上、彼らに何ができるというわけでもなく、まず収入の道が断たれてしまったんだ。水平線を見つめ、オランダ船がやってくるのを彼らは切望したに違いないが、来ないものは来ない。
ということは、必要物資の補給もないということだった。ラスさんたちは、あっという間に生活に事欠く有様になったという。
「我々にはもう、祖国の誇りも何もありはしない。同情してくれた長崎市民に水や食べ物を恵んでもらって、どうにか生き延びてきたのだ」
そうしてひたすら無為の日々を過ごしてきたのだ、と言ってラスさんはまたさめざめと泣いてしまった。
僕はもちろん、心から同情したよ。本国から何の連絡もないまま、たった六人で持ちこたえるのは並大抵じゃなかっただろう。
一方で、ラスさんの無為無策っぷりには大いに疑問を感じてしまった。蘭日両国には長年の交流の実績があることだし、幕府に緊急援助を要請するなり、何かもう少しやり方はあったんじゃないだろうか。
日本人もちょっと冷たいよね。オランダ人が生活に困っているのが見えているのに、手を差し伸べてくれたのは貧しい庶民だけだって? ナガサキの役人たちは裕福そうに見えたが、彼らは何をしていたんだろう。
でも今は他人を責めていても仕方がなかった。僕はすぐに関係者と話し合い、要点を整理し、やるべきことに優先順位をつけていった。
やっぱり大変だ。これは、すぐにバタヴィアに取って返さなきゃならない。
僕がまた船に乗ろうとしたとき、ラスさんは泣いて僕を引き止めてきた。
「ドゥーフ君、私を置いて帰るのか。頼む、行かないでくれ~!」
「人を呼びに行くんですよ。もうちょっとだけ、ここで頑張ってて下さいよ」
しがみついてくるラスさんを突き放して良いものか迷ったけど、僕はこの人の子守までしていられなかった。
「もう少しの辛抱ですからね。新しい人員が到着したら、入れ替わりにラスさんたちはバタヴィアに帰れます」
他の商館員たちも何だか頼りない感じだったけど、どうにかラスさんの面倒だけは頼みおいた。それから日本の役人たちには、当面の生活支援をお願いした。
「借金という形になりますが、オランダ国家は必ずお返しします。どうかよろしく」
それで、ようやく長崎を去ることができたんだ。
バタヴィア到着後、僕は総督府の貴族たちに取り急ぎ現状報告をした。
同時に、船中でしたためておいた出島商館の立て直し計画を提出。それはすぐに認められ、僕は再びの日本行きを命じられた。
うれしかったのは、新カピタンに任命されたのがあのワルデナールさんだったことだ。
ついに、この人と一緒に働ける。
僕はワルデナールさんの横顔を見て、胸がいっぱいになった。有能なこの人なら、荒れ果てた商館を何とかしてくれるに違いない。
僕自身は書記としてワルデナールさんに付き従い、今度は正式な商館員として長崎に再上陸した。
予想通りというべきだろうか。ラスさんに代わって商館長となったワルデナールさんは、まさに精力的に動いてくれたよ。
放棄されていた帳簿や日誌の類が整理され、新しいものが用意される。
持ってきた積荷は、日本人商人を呼んでどんどん捌かせていく。
割れた窓や、瓦の落ちた屋根が修理されるにつれ、死んだも同然だった商館がみるみる息を吹き返していくようだった。
しかもワルデナールさんは僕の意見を取り上げ、バタヴィアに書き送ってくれたんだ。
大砲付きの軍船を日本に回して欲しいっていう内容だった。僕は前にも他の国について、同じような稟議書を上げたことがあるんだけど、その時は直属の上司に無視された。ワルデナールさんのお力添えがあって初めて採用されたというわけだ。
というのも、このご時世、特に日本行きには軍備が必要なんだよね。
これまで他の国に行く場合でも、オランダは中立国の船舶を雇ってきた。だけどそういうのは、どうしても装備不十分な商船ばかりだったんだ。敵に襲われたら、ひとたまりもない。
確かに軍船となると傭船料が高いし、少ない積荷しか載せられないものだ。平時なら費用対効果を考えて、商船を選ぶべきだと思う。
だけど戦時の今は、とにかく船が無事に到着する方を優先すべきだろう。
バタヴィアはこれを認めてくれた。
おかげでイギリスの妨害、あるいは現地海賊の襲撃に遭ったとしても、三色旗を掲げた船はそれを打ち払い、無事に長崎に入港するようになったよ。
滞っていた長崎の人々の仕事も再び回り出して、出島には日本人の姿が戻ってきた。
すぐに黒字というわけにはいかなかったが、交易が復活さえすればあとは大丈夫。徐々に元通りになると思うよ。
そして上司がワルデナールさんだからこそだろう。僕は植民地で失いかけた自信を取り戻し、彼の右腕となって伸び伸びと働くことができた。
日本人はオランダが持ち込む積荷をとても有難がってくれた。僕がこんなに仕事にやりがいを感じたのは初めてのことだった。このころ、僕は日本の商人と話すのが楽しくて仕方がなかったよ。
かつてマレー語をものにできなかった悔しさもあって、僕は日本語の勉強を頑張ることにした。練習を兼ねて、日本人を片っ端から捕まえて話しているうち、自然と顔見知りが増えていった。友達と呼んでも差し支えないぐらいの人も複数出てきた。
このことは、ワルデナールさんにも感心されたよ。
「ヘンドリック、君は日本人と話をつけるのがうまいようだな。今後、日本側との交渉の席には、君も立ち合いなさい」
僕も少しずつ分かってきたんだけど、日本人は閉鎖的で感情を表に出すことは滅多にないものの、一度仲間だと認めた相手には極めて親切だ。
だから僕の方も、日本人の生み出す秩序に敬意を払うことにした。日本人の要求がどこにあるのか、注意深く読み取るようにした。必ず笑顔で、日本人と同じように会釈をする。日本語で「コンニチハ」と挨拶をし、常に日本人と心のやり取りをするよう心掛けたんだ。
気付けば長崎の人々の間で、僕の顔は広く知られるようになっていた。
「出島の蘭人に何か言いたかことのあったら、ドゥーフさんが橋渡ししてくれっけん、あん人に相談するとよか」
僕の立場はそういう、ちょっと特殊なものになっていたんだ。
僕はラスさんを座らせ、ムハマッドにも手伝わせて卓上に籠の中身を並べた。簡単な菓子類だけど、駐在員はしばらくこんなものを口にしていないんじゃないだろうか。
「お腹は空いてます? あとでちゃんと食事も作らせますからね」
だけどラスさんは、それどころじゃないみたいだった。いや、空腹ではあるようなんだけど、それよりも聞いて欲しいとばかり、鼻水をすすりながら僕の上着の裾を引っ張ってくるんだ。
「もうオランダは、このまま滅びるのかと思ったよ」
ラスさんは大きな音を立てて鼻をかみ、それまでの苦労を切々と語りだした。
まずは前商館長ヘンミー氏の件だ。
彼はもともと体調が悪かったが、幕府に命じられたエド参府をどうしても断ることができず、無理を押してナガサキを発ったそうだ。
長旅に耐えてエドに着き、皇帝への挨拶の間も何とか持ちこたえたが、ナガサキに帰還する途中、ついに「エンシュウ・カケガワ」という土地で倒れ、息を引き取ったということだった。
ああやっぱり死亡していたのか。
長椅子の上で前のめりに聞いていた僕は、黙って大きくうなずいた。死因はよく分からないが、この日本に滞在中、命を落とすオランダ人は時々いるのだという。
あるいはヘンミー氏の場合、伝染病の類だったのかもしれない。ほぼ時を同じくして、ナガサキの商館に残っていた人々も次々と病に倒れたというんだから。
とにかくそれまで十名以上いたオランダ人は、一気に六名にまで減ったということだった。
悲劇はそれにとどまらなかった。ラスさんは泣きながら言葉を継ぐ。
「仲間の死亡で、ただでさえ落ち込んでいたのに、そこへ追い打ちをかけるかのように大規模な火災が起こってね。我々は主要な建物を、すべて失ってしまったのだ」
火事?
僕は改めて周囲を見回した。
そうか、だからこんなにボロボロなんだ。何だかこの商館、気息奄々たるオランダ国家を体現しているような気がするよ。
そもそもラスさんたちは、交易のためにここナガサキに駐在している。
でも自国の船が来ない以上、彼らに何ができるというわけでもなく、まず収入の道が断たれてしまったんだ。水平線を見つめ、オランダ船がやってくるのを彼らは切望したに違いないが、来ないものは来ない。
ということは、必要物資の補給もないということだった。ラスさんたちは、あっという間に生活に事欠く有様になったという。
「我々にはもう、祖国の誇りも何もありはしない。同情してくれた長崎市民に水や食べ物を恵んでもらって、どうにか生き延びてきたのだ」
そうしてひたすら無為の日々を過ごしてきたのだ、と言ってラスさんはまたさめざめと泣いてしまった。
僕はもちろん、心から同情したよ。本国から何の連絡もないまま、たった六人で持ちこたえるのは並大抵じゃなかっただろう。
一方で、ラスさんの無為無策っぷりには大いに疑問を感じてしまった。蘭日両国には長年の交流の実績があることだし、幕府に緊急援助を要請するなり、何かもう少しやり方はあったんじゃないだろうか。
日本人もちょっと冷たいよね。オランダ人が生活に困っているのが見えているのに、手を差し伸べてくれたのは貧しい庶民だけだって? ナガサキの役人たちは裕福そうに見えたが、彼らは何をしていたんだろう。
でも今は他人を責めていても仕方がなかった。僕はすぐに関係者と話し合い、要点を整理し、やるべきことに優先順位をつけていった。
やっぱり大変だ。これは、すぐにバタヴィアに取って返さなきゃならない。
僕がまた船に乗ろうとしたとき、ラスさんは泣いて僕を引き止めてきた。
「ドゥーフ君、私を置いて帰るのか。頼む、行かないでくれ~!」
「人を呼びに行くんですよ。もうちょっとだけ、ここで頑張ってて下さいよ」
しがみついてくるラスさんを突き放して良いものか迷ったけど、僕はこの人の子守までしていられなかった。
「もう少しの辛抱ですからね。新しい人員が到着したら、入れ替わりにラスさんたちはバタヴィアに帰れます」
他の商館員たちも何だか頼りない感じだったけど、どうにかラスさんの面倒だけは頼みおいた。それから日本の役人たちには、当面の生活支援をお願いした。
「借金という形になりますが、オランダ国家は必ずお返しします。どうかよろしく」
それで、ようやく長崎を去ることができたんだ。
バタヴィア到着後、僕は総督府の貴族たちに取り急ぎ現状報告をした。
同時に、船中でしたためておいた出島商館の立て直し計画を提出。それはすぐに認められ、僕は再びの日本行きを命じられた。
うれしかったのは、新カピタンに任命されたのがあのワルデナールさんだったことだ。
ついに、この人と一緒に働ける。
僕はワルデナールさんの横顔を見て、胸がいっぱいになった。有能なこの人なら、荒れ果てた商館を何とかしてくれるに違いない。
僕自身は書記としてワルデナールさんに付き従い、今度は正式な商館員として長崎に再上陸した。
予想通りというべきだろうか。ラスさんに代わって商館長となったワルデナールさんは、まさに精力的に動いてくれたよ。
放棄されていた帳簿や日誌の類が整理され、新しいものが用意される。
持ってきた積荷は、日本人商人を呼んでどんどん捌かせていく。
割れた窓や、瓦の落ちた屋根が修理されるにつれ、死んだも同然だった商館がみるみる息を吹き返していくようだった。
しかもワルデナールさんは僕の意見を取り上げ、バタヴィアに書き送ってくれたんだ。
大砲付きの軍船を日本に回して欲しいっていう内容だった。僕は前にも他の国について、同じような稟議書を上げたことがあるんだけど、その時は直属の上司に無視された。ワルデナールさんのお力添えがあって初めて採用されたというわけだ。
というのも、このご時世、特に日本行きには軍備が必要なんだよね。
これまで他の国に行く場合でも、オランダは中立国の船舶を雇ってきた。だけどそういうのは、どうしても装備不十分な商船ばかりだったんだ。敵に襲われたら、ひとたまりもない。
確かに軍船となると傭船料が高いし、少ない積荷しか載せられないものだ。平時なら費用対効果を考えて、商船を選ぶべきだと思う。
だけど戦時の今は、とにかく船が無事に到着する方を優先すべきだろう。
バタヴィアはこれを認めてくれた。
おかげでイギリスの妨害、あるいは現地海賊の襲撃に遭ったとしても、三色旗を掲げた船はそれを打ち払い、無事に長崎に入港するようになったよ。
滞っていた長崎の人々の仕事も再び回り出して、出島には日本人の姿が戻ってきた。
すぐに黒字というわけにはいかなかったが、交易が復活さえすればあとは大丈夫。徐々に元通りになると思うよ。
そして上司がワルデナールさんだからこそだろう。僕は植民地で失いかけた自信を取り戻し、彼の右腕となって伸び伸びと働くことができた。
日本人はオランダが持ち込む積荷をとても有難がってくれた。僕がこんなに仕事にやりがいを感じたのは初めてのことだった。このころ、僕は日本の商人と話すのが楽しくて仕方がなかったよ。
かつてマレー語をものにできなかった悔しさもあって、僕は日本語の勉強を頑張ることにした。練習を兼ねて、日本人を片っ端から捕まえて話しているうち、自然と顔見知りが増えていった。友達と呼んでも差し支えないぐらいの人も複数出てきた。
このことは、ワルデナールさんにも感心されたよ。
「ヘンドリック、君は日本人と話をつけるのがうまいようだな。今後、日本側との交渉の席には、君も立ち合いなさい」
僕も少しずつ分かってきたんだけど、日本人は閉鎖的で感情を表に出すことは滅多にないものの、一度仲間だと認めた相手には極めて親切だ。
だから僕の方も、日本人の生み出す秩序に敬意を払うことにした。日本人の要求がどこにあるのか、注意深く読み取るようにした。必ず笑顔で、日本人と同じように会釈をする。日本語で「コンニチハ」と挨拶をし、常に日本人と心のやり取りをするよう心掛けたんだ。
気付けば長崎の人々の間で、僕の顔は広く知られるようになっていた。
「出島の蘭人に何か言いたかことのあったら、ドゥーフさんが橋渡ししてくれっけん、あん人に相談するとよか」
僕の立場はそういう、ちょっと特殊なものになっていたんだ。