あの日から
文字数 1,062文字
親友が突然死してから、俺の時計は止まったままだった。
最初の半年間は、一紗とふたりで会うことはほとんどなかった。想い出として語れるほど傷口は塞がっていなかったし、辛い記憶を思い出すきっかけは、少しでも絶ちたかった。
あの日、俺は一時間早く電気街口を出てすぐ横の広場に到着していた。
服装の指示は、賢太郎からこれと言ってなかったが、いつも〈ハーメルン〉が歌うときに被っている赤い羽根つきの中折れハット帽は、新宿で買って持参した。背格好が似ていることを逆手にとって、生き写しかっ!と驚いてもらうことを目標に歌うつもりだった。
あらかじめ渡された歌詞には、一紗がデザインした狼モノトンの、物悲しいストーリーの簡単なあらすじが書かれていた。
俺が歌い終えるタイミングで、本物の〈ハーメルン〉である賢太郎が、笛を噴く真似をしながら颯爽と登場し、俺を遠くへ連れて行ってしまうという寸劇が繰り広げられる予定だった。
しかし、その日は偽ハーメルンである俺の歌だけで虚しく終わった。集まってくれた人たちの表情を見る余裕はなかったが、多くの人が、肩透かしを食らったような顔をしていただろう。
幸い〈ハーメルン〉のライブは、歌以外で話す場面はなかったので、何とか残りの三曲を最後まで歌い上げた。歌詞を間違えることがなかったのは、不幸中の幸いだ。むしろ、いつまで経っても〈ハーメルン〉が現れない事態に焦燥感だけが募っていき、平静を装うことが一番難しかった。
ライブ後すぐに携帯を確認すると、一紗からの留守電と、見知らぬ着信があった。なぜ、賢太郎からの着信がないのかとても不可解だった。すぐにでも文句を言ってやりたかったので、何度も賢太郎の携帯にかけてみたが、「電波の届かない……」の音声が流れるだけ。
一紗のほうは、急な仕事の打合せで行けなくなったことを伝えるメッセージだったが、すぐに折り返し電話がかかってきた。俺と同じように、賢太郎と連絡がつかないことを懸念していた。やむを得ず、その日はふたりともお開きにした。
しかし、とても眠れなかったので、深夜に賢太郎の家まで原付を走らせた。当世風なおばあちゃんと一緒に暮らす賢太郎のマンションには、過去に一度遊びに行ったことがあったのだ。
最上階の部屋で呼び鈴を押すと、だいぶ待ってから賢太郎のおばあちゃんが現れた。
起こったことを言葉にするよりも先に、俺の前でおばあちゃんは泣き崩れてしまった。とっさに肩を支えてあげながら、リビングのソファーまで連れて行ったのを覚えている。
最初の半年間は、一紗とふたりで会うことはほとんどなかった。想い出として語れるほど傷口は塞がっていなかったし、辛い記憶を思い出すきっかけは、少しでも絶ちたかった。
あの日、俺は一時間早く電気街口を出てすぐ横の広場に到着していた。
服装の指示は、賢太郎からこれと言ってなかったが、いつも〈ハーメルン〉が歌うときに被っている赤い羽根つきの中折れハット帽は、新宿で買って持参した。背格好が似ていることを逆手にとって、生き写しかっ!と驚いてもらうことを目標に歌うつもりだった。
あらかじめ渡された歌詞には、一紗がデザインした狼モノトンの、物悲しいストーリーの簡単なあらすじが書かれていた。
俺が歌い終えるタイミングで、本物の〈ハーメルン〉である賢太郎が、笛を噴く真似をしながら颯爽と登場し、俺を遠くへ連れて行ってしまうという寸劇が繰り広げられる予定だった。
しかし、その日は偽ハーメルンである俺の歌だけで虚しく終わった。集まってくれた人たちの表情を見る余裕はなかったが、多くの人が、肩透かしを食らったような顔をしていただろう。
幸い〈ハーメルン〉のライブは、歌以外で話す場面はなかったので、何とか残りの三曲を最後まで歌い上げた。歌詞を間違えることがなかったのは、不幸中の幸いだ。むしろ、いつまで経っても〈ハーメルン〉が現れない事態に焦燥感だけが募っていき、平静を装うことが一番難しかった。
ライブ後すぐに携帯を確認すると、一紗からの留守電と、見知らぬ着信があった。なぜ、賢太郎からの着信がないのかとても不可解だった。すぐにでも文句を言ってやりたかったので、何度も賢太郎の携帯にかけてみたが、「電波の届かない……」の音声が流れるだけ。
一紗のほうは、急な仕事の打合せで行けなくなったことを伝えるメッセージだったが、すぐに折り返し電話がかかってきた。俺と同じように、賢太郎と連絡がつかないことを懸念していた。やむを得ず、その日はふたりともお開きにした。
しかし、とても眠れなかったので、深夜に賢太郎の家まで原付を走らせた。当世風なおばあちゃんと一緒に暮らす賢太郎のマンションには、過去に一度遊びに行ったことがあったのだ。
最上階の部屋で呼び鈴を押すと、だいぶ待ってから賢太郎のおばあちゃんが現れた。
起こったことを言葉にするよりも先に、俺の前でおばあちゃんは泣き崩れてしまった。とっさに肩を支えてあげながら、リビングのソファーまで連れて行ったのを覚えている。