第1話 街を見下ろすふたり

文字数 990文字

 池袋のカフェで、ノネちゃんが大好きだという、"core of soul"、の、"flying people"、を聴かせて貰った三田くんとわたし。その少し後に彼女はこの世からいなくなってしまった。
 わたしと三田くんは巣鴨から都電に乗ってサンシャインシティ辺りに何度か行った。ノネちゃんの姿を思い浮かべ。

 彼女はとても美しかった。いじめに遭い、自殺未遂で失った左腕すら、不思議な身体のバランス美を示していた。
 お通夜の案内を彼女のお父さんがわたしのブログに書き込んでくれた時、ノネちゃんの本名が、”園田(そのだ) 紫花(しはな)”、だと知った。

 紫花。本当に美しい名前だ。彼女の容姿、人格、意思をすべて表している。
 ご両親は何の花を思ってこの名をつけたのだろう。

「水族館、行ってみない?」

 三田くんは、うん、と頷く。
 ノネちゃんと行ったのはナンジャタウンだったけれども、いつか水族館にも連れて行ってあげたいと思っていた。

 青白い光を放つ水槽。
 珍しく、人の少ない館内。三田くんとわたしは会話なく、ぼんやりと幾種類もの水槽を通り過ぎる。焦点をうつろにすると、2人の姿がガラスに反射しているのに気が付いた。
 このガラスの2人の間に、ちょこっ、とノネちゃんがいたら。
 こんな詮無いことをふと考えてしまった。

「なんか、上に昇ってみたい」

 今度は三田くんの願いに応じ、サンシャイン60の展望台に昇った。
 いくつものアトラクションが揃っている。三田くんはそれらを通り過ぎて窓の側に真っ直ぐ歩く。わたしもその後ろに続いた。

「子供の頃に観た景色だ」
「うん。わたしも小学校の頃、連れて来てもらった。やっぱり、都電に乗って」

 下に広がる街を見ていると、とても悲しい気持ちになった。

「・・・多分、高学年の時。わたしももういじめられてた頃・・・」
「そっか・・・」
「その時はお父さんもまだ、元気だった。元気のないわたしを心配して少しでも楽しい気持ちになれば、って思ってくれたのかもしれない」

 三田くんは壁に寄りかかって更に下を見る。その姿に、わたしはとても切なくなった。

「三田くん、あのね」
「うん」
「ビルや、家や、会社や、学校がこの下にごちゃごちゃに広がってるけど、本当に心涼しく生きてる人って、どれくらいいるんだろう」
「そうだね・・・」
「どうして、こんなに悲しいのかな」

 わたしは、ノネちゃんが死んでから、初めて涙をこぼした。
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