花の童話:秋桜

文字数 2,554文字

 秋桜ってコスモスのことですね。あんまり桜と似てないような気もしますが、明治時代に入ってきた渡来種のわりにはかなげなところが桜のイメージに近いのかもしれません。コスモスって宇宙とかっていう意味もあるんですが、なぜかご存知ですか?……では、今日のお話を始めましょう。

 昔々あるところに小さな宇宙がありました。どれくらい小さいかと言うと、運動会の大玉ころがしの大玉ぐらいです。でも、その中にはちゃんと何千億もの銀河系や星雲があって、それぞれの中にまた何千億もの星があって、その星の中には生き物がいる星もいっぱいありました。そんな小さな宇宙のはじっこの小さな銀河系のそのまたはじっこの小さな星のそのまたはじっこの小さな惑星のそのまたはじっこの小さな島のそのまたはじっこの小さな野原にコスモスとみつばちがいました。

 その一輪の花と一匹のみつばちはとてもなかよしで、花粉を運んでもらう代わりに蜜をあげたりするだけじゃなく、秋のやわらかい陽の下で冗談を言ったり、いろんな楽しい夢をおしゃべりしたりしていました。

「どう? 今日の蜜の味は」
「とってもおいしいよ。ハニー」
「昨日はどこまであたしのかわいい花粉を運んでくれたの?」
「島のはじっこまで行ったよ。でも、君ほどかわいい花はなかったよ」
「そんなに飛んで疲れなかった?」
「うん。疲れちゃったから、巣に戻らないで白樺の木陰で眠ったよ」
「あら、風邪ひいたりしなかった?」
「ぼくは元気だからだいじょうだよ」

 え? 働きバチはめすじゃないのかですって? ああ、これは別の小さな宇宙の…(中略)…小さな野原のお話ですからね。ここでは、おすのハチがあくせく働くんですよ。それにその方がいいって思うでしょ?

「あなたは、どこにでも飛んで行けていいなぁ」
「うん。この島はだいたい飛んじゃったね。海の向こうは無理だけど」
「海ってなあに?」
「水がいっぱいあって、とても広くて、こんな日は青くてきらきらしてて……なつかしいところだよ」
「なつかしい? あなたはそこで生まれたの?」
「ううん。森の中の巣でだけど、なぜだかそんな気がするのさ」
「あたしも海を見てみたいなあ」

 コスモスは風の力を借りて首をゆらしましたが、どうしても海は見えないので、みつばちにもっと海の話をせがみました。

 でも、そんな幸せは永続きしませんでした。最初は夜に見える星でした。コスモスがおやすみなさいを言う星がどんどん増えていったのです。お願い事をする流れ星もしきりに天の川を横切ります。次は季節でした。秋だったのにだんだん暑くなってきました。

 お陽様はあまり高く昇らないようになったのに何だか大きくなったように見えます。暑さに弱いみつばちはふらふらと飛んで、コスモスの花びらの裏に止まって少しでも体を冷やそうとします。コスモスはくすぐったいのですが、我慢していました。

 真夏のように暑くなり、やがてもっと暑くなりました。お陽様はもっと大きくなり、野原の向こうに沈んでも夜空を青く染めていました。その明るい夜空を星はぎらぎらと輝き、びっしりと空を埋めてもっと明るくしました。……そうなのです。この小さな宇宙が縮んできたのです。

 元々はもっと大きかったのですが、それが大玉くらいになり、さらに小さくなり始めたのです。元々の大きさですか? まずみなさんが想像してみてください。あ、それよりももうちょっと大きいですね。いえ、もうちょっと……宇宙の大きさってホントはそういうものなんですよ。

 こほん。この宇宙も元々はちっちゃな、それこそ大玉みたいな宇宙の元から爆発して今のように大きくなったんですね。そのときに大きなバンって音がしたのかな、ビッグバンって言いますね。コスモスとみつばちの宇宙は、その反対に縮んでいく宇宙なんですね。そっちの方はビッグクランチって言います。大きなチョコのことじゃないみたいですけど。

 まあ、そんなことは暑くて、はあはあ言ってるコスモスとみちばちには関係ありません。熱いシャワーのような雨が降ってもすぐに乾いてしまうようなお天気の中で、まわりの草や木は次々としおれたり、枯れたりして、見る見る砂漠のようになりました。虫や動物たちもばたばたと死んでいきます。でも、どういうわけかコスモスとみつばちはかろうじて生き残っていました。

「だいじょうぶ?」
「うん。なんとかね」
「みんな死んじゃったね」
「うん。もうぼくらだけかもしれない」
「ここにいてくれる? ひとりじゃやだ」
「いるよ。もう巣の仲間もダメだし、それに……」
「それに?」
「海もぐらぐらと沸騰してるんだ。気味の悪い色になって」
「とても悲しいこと……」

 変化はさらにスピードを上げました。何千何百という星が落ちてきて、地上でお陽様が爆発したようになりました。コスモスとみちばちのいる小さな島も大きな火に包まれました。風船が縮むように小さくなっていく宇宙の中では、何百億という星にいたすべての生命が焼け死んで、目に見えない魂だって残ることはできません。

「どうしてあたしたちだけ生き残っているのかしら。まわりは真っ白に燃え上がっているのに」
「そうだね。不思議だ。……でも、ひょっとすると」
「ひょっとすると?」
「もうぼくたちも死んでいるのかもしれないね」
「じゃあ、どうしてこうやってお話できるの?」
「ずっといっしょにいたいってお祈りしていたから?」

 コスモスはなぜだかちょっと笑って、みちばちにささやきました。

「……来て」

 何億度もの高温と地上の何億倍の重力の中で、みつばちはコスモスの花の奥まで入り、動かなくなりました。その少し後で、宇宙のすべての物質が小さなコスモスに殺到してきました。なぜはじっこのはじっこに集るのかですって? ホントは宇宙にははじっこも中心もないんです。どこも、誰もがはじっこと言えばはじっこ。中心と言えば中心なんです。

 そんなふうにして、最後の光とともに小さな宇宙は消え、すべてが終わりました。宇宙がなくなれば何もありません。時間さえもないんです。だからずっと、永遠にと言ってもいいのかもしれません。……

 野原を埋めつくように咲き乱れ、秋の風にはかなげにゆれるコスモスは、そんな小さな宇宙とその中にいた愛するものを一つずつ抱えているのです。

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