第7.5話 笑顔溢れるお花屋さん

文字数 1,202文字

代理店主を務めた翌日の朝。やり残した仕事を片付けるためセラムを訪ねると、すでに店主本人が出勤し開店準備を進めていた。

「アレクシスさん、おはようございます。今日は早いのですね」

「あらパトちゃんおはよう!どうしたの、忘れ物?」

「いえ、やり残した事がありまして。あなたが来る前に済ませようかと思ったのですが、まさか先を越されるとは」

「そうだったの。気にしなくてよかったのに、さすがね。じゃあ、お礼に美味しいコーヒー入れるわね」

「おや、開店準備の方は?」

彼女は楽しそうに笑いながら、そのままバックヤードへと姿を消した。



香ばしいコーヒーの香りに包まれたカウンターに並んで座ると、依然楽しそうに微笑む彼女が口を開く。

「昨日は本当にありがとう。でもせっかくの旅行中に、一日潰しちゃってごめんなさいね」

「いえいえ。むしろ偶然とはいえ旅程と重なってよかったです。久しぶりの接客、楽しかったですよ」

「あらそう?」

彼女を訪ねることは予定立ての当初から決めていたがのだが、旅行期間のとある一日、その店休予定日にどうしても対応が必要な仕事が入ってしまったと聞き、進んでサポートを申し出たのだった。

「それで?ご友人の披露宴はいかがでしたか?」

「それはもう素敵な時間だったわよ。彼女もとても幸せそうで、新郎も爽やか好青年だったし。料理も美味しかったし、スピーチも感動しちゃったし。でもねえ……」

「何かトラブルでも?」

「うーん。あのね、去年買った礼服、キツくなってて……いつの間に肉付きがいいボディになったのかしら……」

「なるほど。ではご参考までに、即効性のある減量方法をご提案しましょう」

「え、なになに?」

「一リットル分の採血をさせてもらえれば、約一キロの減量になりますよ」

「ちょっとお、それ下手したら貧血通り越して瀕死じゃないのっ」

「おや残念、お手軽だと思ったのですが」

「お気持ちだけもらっておきますー。自力でダイエットしますー」

「フフフフ」

そんな冗談を言い合う時間も大切な思い出として心に抱かれ、今後何度となく観返していくだろう。

世界は常に変わっていく。いま置かれた環境が明日もあるとは限らず今日の正解が明日の不正解になることもあり、信頼している人から不意に敵意を向けられることや光が突如闇に転じることもあるということを、この目で見てきた。

変わらないのは、いま、大事な貴方が隣にいるという事実。これまでも、そばにいてくれたという思い出。これからも、貴方が大事だという真実。変わり続ける世界の中にあって、貴方の笑顔は色褪せない。

未来を描くとき、手元にあるのは無数の選択肢。迷い、決めきれないこともあるだろう。けれどこれからもきっと、貴方の幸せを願い続けることを選択し続けるだろう。

「では、私はエイトの元に戻ります。くれぐれも無理をせず、ほどよくやってくださいね。そして覚えていてください。姿が見えなくても、この想いはいつもそばに」

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登場人物紹介

名前:アレクシス


花屋「セラム」の店主。年齢、性別ともに不詳(非公開)

紡がれる言葉から推測すると、ある程度の年齢と経験を重ねていると思われる。

好きな色は黒、好きな飲み物はブラックコーヒー。

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