翻訳者

文字数 2,400文字

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あと三六〇〇秒を切った。
時間を稼げるか?
リーダーはそう、僕に尋ねた。
こくり、頷く。
あなたに触れられる唇はないから。
代わりに、この喉元は塞がれている。あなたの言葉を、その空気を、二酸化炭素を、代わりに吸い込んだ。
そうか、ならばここは任せよう。
信頼している。
名残は惜しい。息を吐き出す。駆け出す。
そう言った以上、リーダーがこの場から離れることはないだろう。
なれば、それ以外のすべてを地獄に変えるのみ。

三千秒を越えて、あの人と同じ空気を吸えることを愛おしく思えた。
電子蓮司は焦っていた。
当局に、ヤツの情報を売った時からこうなることを予想していなかったかといえば嘘になるだろう。
だが――。
港湾施設、七割が全壊!
突入した人員、十九名が死傷!
民間人の避難! 終わっていません!
次々飛び込んでくる緊迫した声に、捨てたはずの唾液が湧き上がるような錯覚を覚えた。
使い捨ての駒のように取り除かれていく机上図の人員を示すピンに、ああ次は――。
では、電子さんには誠意を示してもらいましょうか?
情報部のなにがしかの課長さんとか、そういう役職だけ聞いた。
ああ畜生め、俺も物覚えが悪いや。
こいつらもあいつらも、俺のことを“人間”だと思うわけなかった。
人間だ、魔人だ、なんていう以前に同じ命だろーがよ!
そんな言葉をおくびにも出さず、俺は――チーン! という電子音を颯爽と鳴らして特大のキャニスターを出すと勢いよく走り出していた。
今の俺はきっとチーターより早い。
工場倉庫を次々と爆破し、連中を攪乱する。
ここまでに十五分経過。一向に進まない時計の針に、いらいらする。深呼吸する。
2:8の割合で配合された理想的な空気のおかげで思考が澄み渡っていくのを感じていた。

……来た。
あの耳障りな音を忘れた記憶はない。
よう、お嬢さん。
いい空気だねー。俺は実のところ山登りが趣味なんだが、酸素が薄いのだけは困りものだけに、あんたのことは嫌いじゃなかったぜ。

精一杯、軽薄な声を吐き出す。
俺を使い捨ての道具扱いしやがったあいつがここに来ているんだ。残りの耐用年数二百年くらいは使い倒しやがれって言ってやりたい気持ちはあったが、その役目はどこかのスパイ?連中に託したんだ。
今更文句を言うのも男のレンジを下げるってものだ。

そして、こいつは何もしゃべるつもりはない。
そういう、ヤツだ――!
抜刀――!
固形化された酸素の刀が外気に触れると同時に、液化する。
零下二百度に迫ろうかという液体酸素、青い液体が飛散する。

不快な音を立てる白物家電の口の中に飛び込んでいく。
電子レンジに多少解凍できようと、これは無理だ。酸素の中で溺死する、それが出来れば一番楽な死に方だと知っているのに、なぜだろう?
なぜこの家電製品は僕の前に立っているのだろう?
さぞや俺は間抜けた顔をしていたんだろう。
敵を前に大口を開けて飛び込んできた飛沫を待ち受けていた。
あわてて、バタンと口を閉じようとし。一瞬にして霜が降りた体の中を確認して愕然とした。

これくらいは感覚でわかる。
今時の電化製品はAI化されてるからな!
これくらいのファジー機能はお手の物さ!
マイクロウェーブ砲はいきなり使えない。
自慢じゃないが、これでもF15戦闘機くらいは落とせたんだけどな。あいつらのレーダー能力者を俺がいるだけで妨害できてるってことは言っておけばよかったか。

畜生。

投降を促す言葉はない。
この花唇は喉元で封じられているから。

すたすたと、僕は距離を取る。
段々と大きくなっていく電子レンジを睨む。
世界最大の電子レンジはロシア・イルクーツクにあるスネグラーチカ8号だと言う。
マイクロ波発電所であるそれ全長二五〇〇メートルを優に超えるのだから。

自重で、質量で押しつぶすつもりだろう。
電子レンジは開いたままでは起動できない。その発想は悪くない。
だけど、想像力が及んでいない。

魔人能力とは認識の産物だ。
知らないものは再現できない。あやふやな知識をもってそれを補うには前提が足りない。最初から意味不明な発想で、理解不能な飛躍をもって電子蓮司は電子レンジという魔人能力に目覚めるべきだった。

巨大化する速度は緩慢だ。
残り十五分に迫ってもこの倉庫を破壊するに至っていない。
リーダーならこういうだろう。お前は魔人ではない、凡人だと。
悪いことは言わない!
降伏しろ!
お前も死にたくないだろう!

浅い言葉なことはわかっている。
俺という電子レンジの全身に張り付いている酸素、それが急速に冷却されて液状を経て固形化されていく。

この時の俺が知るはずもなかったことだが、酸素という物質のは磁性を持つらしい。
電磁波の塊である電子レンジはデカくなるまでもない巨大な的だったんだ……。

そして、導火線の火種はアイツに握られている。
酸化していく電子回路、低下していく粒子の動き、それらすべてを感じながら。俺は、爆発的な勢いで燃え上がる世界を見た。
リーダーは一時間稼げと言った。
それはこの電子レンジという磁性の塊を考慮に入れた賢察だろう。

座標指定、レーダー、瞬間移動、他の護衛、組織が抱える魔人能力、逃亡に有利なそれは頭に入っている。僕はあの人が信じるすべてを信じている。
残り時間を待てずにして、この世を去ることに名残は惜しいけれど。
あの人という『神』の『無』い世界に旅立つことに後悔はあるけれど。

それでも僕は電子レンジと共に地獄に行く。
あの世に冷凍食品はあるだろうか? それは向こうで知ることになるだろうか?
僕は死ぬ。
神無(カンナ)の花を、手を喉元にやる。爆炎が散らすことが切なくて。
だからむしる。むしり取る。

花が散るが先か、僕が死ぬが先か、見ている者は教えてくれる者はいないだろう。
だからこれは満足ではない。自己満足だ。

視界の隅を横切ったちっぽけな電子レンジを見て僕はかすかに笑った。
時間です時間です!

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登場人物紹介

名前:電子 蓮司
性別:男性
能力:
自分自身を好きな電子レンジにでき、自身のすべての機能を使える。

設定:
冷凍食品を一々電子レンジに入れて温めること自体が面倒になり、
自らが電子レンジとなった元人間男性。
一応、運動も会話も可能。
レンジ内に入ったものを食べてエネルギーを補給するため、電源を接続しなくても活動できる。
勝手に他の電子レンジと入れ替わるのが趣味。
好物は冷凍炒飯。

相手を倒したい理由:誤って廃棄されそうになったから

名前:カンナ
性別:不明
設定:
魔人絶対主義を掲げる反政府武装組織構成員。戦闘部隊所属。
組織が計画した数多くのテロ事件の実行役として各国でマークされている。当局の執拗な追跡にもかかわらず、出生地、生年、本名といったすべての経歴がいまだ謎に包まれている。
外見的には十代半ばで、小柄。少女的な風貌だが十年前から全く姿が変わっていない。

老若男女問わず必要に応じて冷徹に処分し、無感情・無表情、機械的な印象を周囲には与える。
忠誠を誓うリーダーから贈られた蒼いカンナの花のことをとても大事にしている。首元に飾られたソレを傷つける者には容赦しない。
武器として淡い青色に輝く刀を所有。

相手を倒したい理由:リーダーが逃亡を完了するまでの時間稼ぎ

特殊能力:けして触れられぬ花唇
酸素を自在に生成操作する能力。
自身は酸素による悪影響を受けない。

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