エピローグ

文字数 1,760文字

 五輪終了7日後、朝9時過ぎ

 研究室の一角にある応接兼打ち合わせのために用意された応接セットのソファーに座って、野口博士と浜田の定例の打ち合わせが始まった。
 浜田はオリンピック開幕後はリモート・ワークに切り替え週に一回打ち合わせのために来所している。
 小日向は五輪開会式の翌日実家のある奄美に戻り現在はリモートで事務員として勤務を行い、研究所に出勤していた時は会議に同席し議事録を執っていたがリモート・ワークに移行して以来、議事録はとっていないが、浜田が自分で指示された内容を箇条書きでメモを取っている。

 会議の時はいつもそうだが、二人とも白衣を着る前で博士はノータイのワイシャツ、浜田はポロシャツの上にジャケットを羽織ったラフなスタイルだ。
 いつものように博士が先に打ち合わせの口火を切った
「昨日東京のある研究所から届いたリポートによると、先週○○区立小学校で起きた小学校のクラスターは感染者全員新規の変異株であることが判明した」
 博士の慎重な話しぶりに違和感を感じた浜田は訊ねた
 ”おそらく機密に属する報告書だろう”
「都内だと思いますがどこの研究所ですか?」

「今はまだ話せない、デルタ・プラスとラムダ・プラスのハイブリッド型らしい。通称【東京株】と命名されたそうだ」

「デルタ・プラスとラムダ・プラスのハイブリッドなら既存のワクチンや研究中の治療薬は殆ど効果ありませんね」

「おそらくそう時間をおかずにその結論が出るだろう、感染者27人のうち3人は教師だが3人とも2回のワクチン接種後10日後に感染している、さらに27人全員重傷者病棟で人工呼吸器を使った治療を受けているそうだ。ワクチン忌避率は今マウスを使った検証の最中だ、効果は限定的なものになるだろう」

「急いで東京をロックダウンしないと日本いや世界中が大変なことになります」

「東京ロックダウンは間違いないが、最短で3日後に閣議その後4日後に分科会に諮問され東京都・警視庁・防衛省と調整の上実行されるのは早くて二週間後だ」

「二週間後にロックダウンということは、日本中殆どの地方都市に分散した後だということですね」
 野口がテーブルを叩いて声を荒げて言った
「パンデミックの中オリンピックなんかやるからだ」

 いつも穏やかな野口の怒りを隠さない表情を見て、浜田は驚いた。

 ため息をついた後冷静さを取り戻した野口はいつもの穏やかな口調で説明を続けた
「残念だが日本列島は近いうちに感染列島になる」

 野口は話そうかどうか一瞬迷たがどうせ数日後には明らかになることだ。そう思い話を続けた。
「後一週間もすれば【東京株】は人類の生存を脅かすウィルスだとWHOが認定するだろう。そうなれば国外脱出も難しくなる。この研究所は明日閉鎖するが浜田君は海外につてはあるか?もしなければ且て研究仲間だった柴田博士がバンクーバーで主任研究員として働いている、紹介することは可能だが」

「はい有難うございます、先月シドニーにいる友人から内の研究所に来ないか?と誘いを受けたのですが保留にしてもらっています、ここを閉めるならシドニーで研究を続けようと思います。シドニー大学付属の研究所で設備も整っているそうです」

「これから日本発の航空便のチケットの予約を取るのは厳しくなるので、今日中にチケットを研究者枠でとってください、費用は研究所で持つ。横田と横須賀基地所属軍人軍属家族の為に羽田、成田発海外行の旅客機のチケットを米軍が買いあさっているそうだ、そんなに時間の余裕はないぞ」

「わかりました、今日中にチケットを予約します、長い間お世話になりました」

「いや私のほうこそ十分なことをしてあげられなくて、申し訳ない、最後に先輩研究者の言葉として聞いてもらいたい」

「はい」

「研究者は国の為に働くのではない、人類の為に働くんだ、わかってくれるか」

「わかっています、現在策は一つしかないことも」

「指導員として私からの最後の指示を出します、シドニーの研究所についたら責任者に私からの伝言を伝えて下さい、貴国の為人類の為日本からの入国を拒否して頂きたい
私は日本に残り仲間の研究者と協力して日本人が国外に出ないよう、政府に働きかける。
 浜田君もオーストラリアに着いたらできるだけの協力をお願いしたい」 

【感染列島を封鎖せよ】












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登場人物紹介

浜田

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