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エピソード文字数 4,495文字

 警察の者だ。
 怪我をしている様子の男が倉庫に連れ込まれるのを目撃したという人間から連絡を受けて駆けつけた。警察手帳を持っていないのは、今日はあくまで非番で、たまたま知り合いから連絡を受けたから来ただけで、確認のために声をかけようと思ったところに因縁をつけられた。財布や携帯は車に置いてきた──。
 口八丁、とはこのことだ。
 怪しいところだらけ穴だらけなのは分かりつつも、自分でもこんな器用に問答ができるとは思わず、孝一郎はむっとした顔のまま、内心戸惑っていた。
「名前は」
「まや──」
 つい素直に応えかけて、さすがにそれはまずいのか、と気づく。
「……ホンダ、マヤだ」
「おい、おまえ、こいつら見張ってろ。いいな、目を離すんじゃねえぞ!」
 孝一郎をやはり後ろ手に結束バンドで縛り上げると、この集団の中では一番ボスと思われるチンピラ風の男が、そう言い置いて携帯を手に席を外した。
 縛られるときに一発頬を殴られたが、孝一郎は特に抵抗はしなかった。
 中に実際にいたのは、三人だった。件のチンピラ風の男と、倉庫の通用口で顔を合わせた柄シャツの若者と、もう一人ドクロの描かれた黒パーカー姿の若者。若者二人は床に蹴り転がしたウタと孝一郎を、距離をおいてどこか苛立たしげに眺めている。
「……警察の、ひと?」
 後ろ手にされた身体を不自由そうに起こしながら、不意にウタが呟くように言って、気まずく孝一郎は押し黙った。
「それにしたって、ひとりで来るのは危険じゃないかな?」
「……万が一の場合は、命に危険があると思ったので」
「それでも、もし俺があなたの上司なら、なにがあっても絶対止めてるなー」
「っ……」
 ぐっと言葉に詰まる。
 市川や甲斐の反応を先に知っていたから、もちろん彼が孝一郎の登場を手放しで喜ぶとは思ってはいなかったし、そういうような反応をするだろうな、と予想もしていたが。
 気恥ずかしさに腹立たしさが加わって、むっと孝一郎は唇を曲げた。
 自分の行動も充分に馬鹿馬鹿しいと思うが、自分の身の危険を差し出して当然だと思うようなやり方は、本気で気に入らないのだ。
 なにかを言い返そうとウタの方を振り返って、それから孝一郎は顔を歪めた。
 よく見ると、ウタは部屋を出てきたときからさらに殴られたらしく、唇の端が切れて腫れ上がり、頬にも擦過傷が見え、髪はぐしゃぐしゃになっている。それでも少し離れて隣にいる孝一郎の方へひそかに視線をあげて、いつもの悪戯っぽい笑みを浮かべて見せた。
「っ」
 瞬間、腹の奥に湧きあがったのは、怒りか、苛立ちか。
 それをなんとか抑え、孝一郎はきつく眉を寄せながら、声をひそめた。
「……大丈夫ですか、怪我」
「ん、見かけよりは多分へーき。……あのさ、もし僕が上司なら、絶対あなたのこと止めるけど。本気でなんで来てるんだって思うけど。とりあえず」
 視線を逸らして床を見つめるようにしながら、小さい声でウタは囁くように続けた。
「……来てくれて、ありがとう」
「────」
 思いがけない、少し恥じらうような横顔に、つい目を奪われて。
「おいッ、そこ、こそこそ話してんじゃねえッ!」
 気付いた柄シャツ男に怒鳴りつけられて、孝一郎とウタは同時に口をつぐんだ。
 とりあえず二人とも捕らわれてはいるが、孝一郎の一番の目的であるウタの存在が確認できたので、悪い状況ではなかった。あとはその安全を確保することだ
 現在、相手は三人。できれば、これ以上相手が増える前に逃げ出せた方がいいが……。
 ──問題は当の本人に逃げ出す気があるのか、というところだ。
「ところで、ここでなにを──」
「あ、ねえねえ!」
 こそこそしゃべらずに意思の疎通を図ろうと、ひとまず短気な柄シャツに向かって孝一郎が話しかけようとしたところ、それを遮るようにウタの方が口を開いた。
 孝一郎が顔をしかめると同時に、柄シャツが「ああん?」と凄みを利かせて問い返してきたが、ウタの方は怯えた様子もなく、のん気に話を続け出した。
「あのさー、俺はともかくさ、この警察のひと、巻き込むのはあんまりよくないんじゃないかな? 事態が悪化する前に、手を打った方が良いと思うんだよね」
「てめぇは黙ってろ!」
「でもさ、俺みたいな一般人ひとり脅そうが消そうが大したことじゃないかもしれないけど、警察のひとどうかするのはよくないと思うよ。大変なことになるよ」
「だからてめぇは黙ってろってッ!」
「つーか、そいつが本当に警察だなんて、誰が信じると思ってんだよ!」
 もっともなツッコミを入れたのは、ちょうどそこに戻ってきたチンピラ風の男だ。
「ここの管轄の署にホンダマヤなんて署員はいねえってよ。おい、おまえ誰だ」
 きょとんと、ウタは目を丸くしてみせた。
「え、警察じゃないの?」
「……俺が警察じゃなかったどうする気だ」
 三文芝居だな、と自分で思いながらも、不愛想に孝一郎はチンピラ男に問いかけた。
 少し余裕が出てきたのか、チンピラ男はにやりと笑うと、置いてあったスチール椅子をガリガリと音を立てて移動させて、そこに腰を下ろした。
「そりゃあ、俺たちの邪魔をするヤツは消すしかねえよなぁ。まあ、でもおまえが俺たちの質問に素直に答えるなら、いいようにしてやってもいいんだぜ?」
「……いいように」
「そう、命だけは助けてやってもいい」
 言って、ひひっと愉快そうに男が笑う。その後ろで柄シャツと髑髏パーカーがおもむろに床に落ちていた鉄パイプを拾って、わざとらしくガァンッと床を殴った。
 なるほど、これが一般的なチンピラの脅し方のひとつのようだ。
 確かに鉄パイプは痛そうだしな、と孝一郎は思う。しかし、それにしてもこういうものはなにか様式美というものがあるのだろうか。
「倉庫で鉄パイプというのは、この業界ではテッパンなのか?」
「……ああっ?」
 空気を読んでいない孝一郎の質問に、チンピラ男が思いきりタイミングを外した。
 さすがのウタも見かねたのか、呆れたように息を吐く。
「なんで今ここで、そういうところを気にするかな……」
「いや、なぜこういうときは倉庫なのかな、と」
「そりゃ広くて人の往来が少なくて密閉性が高くて便利だからでしょ」
「便利というのは──」
「てめぇら勝手にしゃべってんじゃねえ!」
 怒声とともに、ガアンッと鉄パイプがコンクリを叩き響く音が、二人の応酬を遮った。ひとつも怯えていない様子が気に入らなかったようだ。
 チンピラ男は眉をピクピクさせながらも、余裕の態度を見せつけるように、血気盛んな柄シャツに手で抑えるように示すと、唇を歪めて笑ってみせた。
「よく分かってんじゃねえか。じゃあ、どうしてこういうとき、港が多いか知ってるか?」
 掠れた声を低めて、威圧的に問いかけてくる。
 孝一郎は顔をしかめたが、ウタは特に反応をしなかった。それを怯えと取ったのか、どこか得意げにチンピラ男はニヤニヤと頬を歪める。
「ここだと海が近いからなあ、すぐにドラム缶にコンクリで埋めて海に捨てられる」
「うん、知ってる。常套手段だよね」
「あ?」
 ウタが冷静に言葉を挟み込んで、調子を崩した男が間抜けに問い返した。
 あまりに清々した声に、孝一郎も思わずウタを振り返っている。
 後ろ手に捕らわれた不利な状況にも関わらず、ウタはいつもどおりのどこか軽くのんびりとした雰囲気で、小首を傾げてみせた。
「大概こういうときは山か海なんだ。山ならすぐに埋められるし、海ならすぐに捨てられる。そういうの、ヤクザの常套手段なんだよ。……よく知ってる。俺、前にこういうところでヤクザにボコボコにされたことあるんだ。それはもう徹底的に、半日ぐらいかけて」
「…………」
「おかげで今も足はうまく動かない」
 軽い調子でそう付け加えて、ウタは唇を歪めて自嘲の笑みを洩らす。
 ふっと孝一郎の脳裏に、ウタと初めて会った日のときのことが過った。なんでもないところで、まるで足の力が抜けたかのように、躓いて──。
「ッ」
 その瞬間、堪忍袋の緒が切れた。
 切れた音を自分でも聞いたような気がした。しかし身の内から溢れ出す衝動を、孝一郎は抑えきることはできなかった。
「二回目? あんた、こんなことが二回目だって言うのか!?」
「え? えっ、なに?」
 予想外なところから怒鳴られて、驚きにウタが声をひっくり返す。もちろんそんなことにかまう気はなく、ぎらりと孝一郎は少し離れた上司を睨みつけていた。
「あんたはいちいち危険なところに入っていくのが趣味なのか?」
「しゅ、趣味……っ? ていうか、虎穴に入らずんば虎児を得ずっていうか、そういう」
「あんたのその自己犠牲だかなんだか分からん考え方がどこから来ているのかは知らないが、そんなものは全然見当違いの自己満足に過ぎん!」
「────」
 あまりに唐突な激憤ぶりに、ウタだけでなく周りの男たち全員があっけにとられて、言葉を失っている。
「殴られるのを承知で、命の危険を承知で、やるようなことなんて世の中には存在しないんだ。他にもっと良い方法がないのか、もう少し考えてから行動しろ!!」
「そ、れは──でも! ま──あんたもそうじゃん!」
 さすがに言われっぱなしが嫌になったのか、今までの落ち着いた空気を捨て、ウタがそう言い返してきた。
「なんでこんなところにまで一人で来てるの!? 他に方法なかったの? 危険だって分かってたはずでしょ!」
「俺はきちんと計算してます!」
「計算? 計算して、よくこんなチンピラばかりいるところに入ってくるよね! 今、俺たち、手を縛られてますけど!?」
「足があります」
「…………は? 足?」
 あまりに予想外な返答だったのか、さすがのウタがぽかんと問い返した。
 つい激してしまった自らを落ち着かせるためにも、すう、と静かに深く孝一郎は息を吸い込んだ。
「許可をいただければ、回答の意味をお教えできますが」
「……これ、許可を与えたら、どうなるんだろう」
「やってみますか」
「じゃあ、お願いします」
 許可を与えられたので、孝一郎はぐっと腹筋に力を入れると、手を使わず一気にその場に立ち上がった。
 肩幅程度に足を広げて、まっすぐに立つ。
 後ろ手にされて親指同士を結束バンドで縛られている不自由な格好だ。だが、両足と身体が使えるし、三人程度ならそれだけで充分だった。
 堂々と立ち上がった孝一郎を見て唖然と言葉を失っている三人を、見据える。
 静かに息を整えた。
「お、おい! てめぇっ、勝手に立ってんじゃねえ!!」
 いち早く我に返って、そう凄みながら、鉄パイプを手に迫ってきたのは柄シャツ男だ。キキキキィーッと、鉄パイプがコンクリを削る不快な音が倉庫内に響く。
 男があともう数歩の距離まで近づいてきたところで、鉄パイプを振り上げた。
 孝一郎はまっすぐにそれを見つめて、身構えて──。
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