第1話
文字数 1,549文字
窓の外では朝から降りっぱなしの雨の音がしている。止む気配はまったくなく、あたしの沈鬱な気分はどんどん増していく。
友達の美沙の家のリビングで、あたしはちらっと時計を見た。十九時前、そろそろ帰ってやるか。
あたしの大好きなお母さんは、去年、白血病でこの世を去った。悲しみも冷めないうちに、お父さんは、中三の娘がいる女性、栞 さんと再婚した。そして、家族四人、新しい生活が始まった。
あの人の娘、恵梨香とはほんと気が合う。今じゃ恋愛相談までする仲だ。お父さんもあたしは大好き。お母さんの闘病中、仕事を続けながらあたしの面倒見てくれた。けどあの人は……。
栞 さんは親バカだった。三日前の夕食のこと。
「恵梨香、席替えどうだった?」
「志穂ちゃん近いし、黒板見やすいし、パーフェクト。私、なんか最近運良すぎなのよね」
「お母さんも楽しみだったな、席替え。中学生には一大イベントよね」
こういうの、世間じゃ「母の愛」っていうんだろな。お母さんもこんな感じだった。
栞 さんは、あたしのコップが空いているのを見て、控えめな声を出した。
「流子ちゃん、お茶注ごうか?」
無理してるの見え見え。血の繋がりってほんと残酷。あたしは席を立ち、冷たく答えた。
「いいです。もう食べ終わったんで」
今日はお父さんは仕事で遅い。十八時に帰る栞 さんとの約束は破る。これで半端な関係は終わり。完璧に愛してくれないなら、ゼロでいい。
あたしはドアを開いた。すると、目の前に栞 さんがいた。車も自転車もないはず。傘では豪雨を防ぎきれず、肩の辺りはかなり濡れている。
この雨の中、この距離を歩いてきたの?栞 さんは両手を合わせて、本当に申し訳なさそうに言う、
「ごめんね流子ちゃん、あの言い方じゃ時間がわかりにくかったよね。ほんとにごめん!」
いつかテレビで聞いた、「愛というのは感情じゃなくて意志」って言葉が頭をよぎる。これがこの人の意志。あたしは……。
「すみません、あと五分。そこで待っていてもらえますか?」
決心した私は、きょとんとする栞 さんを置いて靴を履いた。ざあざあと音を立てて雨が降る中、あたしは足の向くままに歩みを進める。傘は差さずに。
しばらく歩いたあたしは、美沙の家の玄関に戻ってきた。当然、全身ずぶ濡れだった。
「流子ちゃん、あなた一体……」困惑しきった面持ちで、栞 さんは尋ねてきた。
「ごめんなさい! 約束の時間が十八時なのはわかってました! でも、恵梨香ばっかり気にかけるあなたが嫌いで、わざと約束を破りました!」
私は心のままに喚いた。だけど返事は返ってこない。
「ちょっとでもあなたの苦労をわかろうとして、こうやって雨に打たれてみました! でも、なんだか全然駄目で、めちゃくちゃで! ──ごめんなさい。もう自分でも何を言っているのか……」
声が潤んだ。目からぽとりと涙が落ちた。迷惑をかけた申し訳なさと自分の幼稚さとで、あたしの心はぐちゃぐちゃだった。
するとふわり。後頭部に柔らかい感触が生まれた。はっとして顔を上げると、栞 さんが穏やかで寛容な微笑を浮かべていた。
「私こそごめんね、未熟な母親で。でもこれからもっと成長して、二人ともにたっぷり愛情を注げるよう頑張っていくつもりよ。だから悪いけど、もう少し我慢してくれる?」
暖かくて柔らかで思いやりに溢れた、あたしなんかにはもったいない言葉だった。
涙が止まらなかった。でもあたしは決意していた。お父さんと栞 さんと恵梨香とあたし。血の繋がりはなくても、世界中の人がうらやむような最高の家庭を作るって。
そしてあたしと栞 さんは、隣り合って家へと歩き始めた。視線の先、あたしたちが通う高校の辺りには虹が出ていた。「虹なんて久しぶりね」と栞 さんが笑い、あたしはにこりと微笑を返した。
友達の美沙の家のリビングで、あたしはちらっと時計を見た。十九時前、そろそろ帰ってやるか。
あたしの大好きなお母さんは、去年、白血病でこの世を去った。悲しみも冷めないうちに、お父さんは、中三の娘がいる女性、
あの人の娘、恵梨香とはほんと気が合う。今じゃ恋愛相談までする仲だ。お父さんもあたしは大好き。お母さんの闘病中、仕事を続けながらあたしの面倒見てくれた。けどあの人は……。
「恵梨香、席替えどうだった?」
「志穂ちゃん近いし、黒板見やすいし、パーフェクト。私、なんか最近運良すぎなのよね」
「お母さんも楽しみだったな、席替え。中学生には一大イベントよね」
こういうの、世間じゃ「母の愛」っていうんだろな。お母さんもこんな感じだった。
「流子ちゃん、お茶注ごうか?」
無理してるの見え見え。血の繋がりってほんと残酷。あたしは席を立ち、冷たく答えた。
「いいです。もう食べ終わったんで」
今日はお父さんは仕事で遅い。十八時に帰る
あたしはドアを開いた。すると、目の前に
この雨の中、この距離を歩いてきたの?
「ごめんね流子ちゃん、あの言い方じゃ時間がわかりにくかったよね。ほんとにごめん!」
いつかテレビで聞いた、「愛というのは感情じゃなくて意志」って言葉が頭をよぎる。これがこの人の意志。あたしは……。
「すみません、あと五分。そこで待っていてもらえますか?」
決心した私は、きょとんとする
しばらく歩いたあたしは、美沙の家の玄関に戻ってきた。当然、全身ずぶ濡れだった。
「流子ちゃん、あなた一体……」困惑しきった面持ちで、
「ごめんなさい! 約束の時間が十八時なのはわかってました! でも、恵梨香ばっかり気にかけるあなたが嫌いで、わざと約束を破りました!」
私は心のままに喚いた。だけど返事は返ってこない。
「ちょっとでもあなたの苦労をわかろうとして、こうやって雨に打たれてみました! でも、なんだか全然駄目で、めちゃくちゃで! ──ごめんなさい。もう自分でも何を言っているのか……」
声が潤んだ。目からぽとりと涙が落ちた。迷惑をかけた申し訳なさと自分の幼稚さとで、あたしの心はぐちゃぐちゃだった。
するとふわり。後頭部に柔らかい感触が生まれた。はっとして顔を上げると、
「私こそごめんね、未熟な母親で。でもこれからもっと成長して、二人ともにたっぷり愛情を注げるよう頑張っていくつもりよ。だから悪いけど、もう少し我慢してくれる?」
暖かくて柔らかで思いやりに溢れた、あたしなんかにはもったいない言葉だった。
涙が止まらなかった。でもあたしは決意していた。お父さんと
そしてあたしと