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エピソード文字数 1,083文字

【紗紅side】

 その手紙は美しい文字で綴られていた。

【多恵様
 おかわり御座いませぬか。
 私は2人で穏やかに暮らしておるゆえ、心配はいりませぬ。
 多恵にはたいそう世話になり、その礼も言えぬまま出立し、申し訳なく思っています。
 多恵がいつも側にいてくれ、私はとても心強かった。多恵は私にとって、姉であり母のような存在でした。
 深く感謝しております。
 本当にありがとうございました。

 赤い牡丹の花も黒い蝶と仲良く戯れておいででしょう。
 多恵もどうか健やかにお過ごし下さい。
 遠い地より、多恵のご多幸を願っております。   美濃】

 胸に熱いものが込み上げ……
 涙が溢れる。

 美濃は……
 死んでいなかった……。

 明智光秀は……
 落ち武者狩りで自害してはいなかった。

 2人は再会し……落ち延び……
 ともに暮らしていたんだ……。

「この手紙は本には掲載せず、世間に公表していないのですが、実はもう一通、美濃という女性が書いたと思われる不思議な(ふみ)があるのです」

「……もう一通?」

「多恵の手記によると、先ほどの(ふみ)の中に紛れていたそうですが、これも豊臣の目に触れた時のことを考え、隠し言葉で書かれているようです」

 橋本さんはもう一通の手紙を私に差し出した。表書きには『黒い蝶よ』と書かれていた。

【――名もなき黒い蝶よ。
 この広き世界で、美しい羽を広げ自由に飛び回っているのでしょうか。

 ――名もなき黒い蝶よ。
 色鮮やかな紅き牡丹の花びらと、戯れているのでしょうか。

 ――もしも、黒い蝶がこの広い空を飛び越え、平和な世に戻れたなら、この世に残した紫色の蝶が不憫だと、悲しまないで下さい。

 紫色の蝶は、大きな蝶と小さな蝶に囲まれ、野山を自由に飛び回っていることでしょう。

 ――名もなき黒い蝶よ。
 小さな蝶は、やがてあなたのように強く逞しい蝶へと成長することでしょう。

 ――名もなき黒い蝶よ。

 愛しき……私の蝶よ。     
              美濃】

 ――これは……。
 あたしに宛てた手紙……?

 黒い蝶はあたし。
 赤い牡丹は織田信長。
 紫色の蝶は美濃。
 大きな蝶は明智光秀。
 小さな蝶は……。

 美濃の……子供……!?

 あたしは形振り構わず、その手紙を胸に抱き声を上げて泣いた。

 美濃は現世に戻れなかった。
 いや、自分の意思で戻らなかったのかもしれない……。

 美濃は……
 幸せだったんだね。

 幸せな生涯を過ごせたんだよね。
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登場人物紹介

斎藤紗紅(さいとうさく)16歳

レディース『黒紅連合』総長

 斎藤美濃(さいとうみの)17歳

紗紅の姉、家族想いの優等生

 織田信也(おだしんや)20歳

紗紅の交際相手

元暴走族

 織田信長(おだのぶなが)

戦国武将

明智光秀(あけちみつひで)

戦国武将

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