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文字数 8,508文字

1
張り詰めた中に、色々な種類の感情が込められている行事。それが卒業式だと私は思う。
「ふわぁ……」
だというのに、一つ前の席で百合は緊張感なくあくびをしている。
「……もう」
少し呆れつつも、なんとも百合らしい仕草に頬が緩んだ。
卒業証書の授与と在校生の送辞が終わり、次は卒業生の答辞、校歌斉唱があってようやく卒業式は終わりだ。
「卒業生代表、椿原花恋」
「はい」
椿原さんがゆっくりと壇上に上がる。
「桜の花のつぼみを見ると、春の訪れを感じる季節になりました──」
1年生の秋から生徒会長をしていたからか、こうやって大勢の前で話すのは慣れているのだろう。本当に堂々としていてすごいな、と思った。
「……」
高校生も今日で終わり。この制服を着るのもこれがきっと最後。そう思うと思わず涙が出そうになってしまう。
本当に色んなことがあった高校生活だった。だけど、思い残すようなことは何もない。
卒業式の日にそう胸を張って、自分に言えてよかった。
「──最後になりましたが、学校生活を支えてくださった先生方に心からお礼を申し上げるとともに、これからの三間桜高校の更なる発展を願って答辞とさせていただきます」
答辞を読み上げたあと椿原さんは、深々と頭を下げて壇上から降りていった。
校歌を歌い終わり、卒業生の退場が始まる。花が飾られたアーチをくぐると、自然と涙が溢れてきてしまう。
こらえようと思ったのに、保護者席から手を振るママを見た瞬間我慢の限界が来てしまった。
教室に着いて、友達と話している間も私は涙が止まらなかった。

「さっきまでずいぶん泣いてたけど、大丈夫?」
「もう、感動してない百合の方が変だもん」
「……別に感動してない訳じゃないよ」
「そんな風には見えなかったけど?」
教室を出て、百合と一緒に校庭を歩く。まだ多くの生徒が校内に残っていて写真を撮ったり、下級生が卒業生との別れを惜しんだりしていた。
「ねえ、百合あれ」
「?」
校庭の隅で見つけた桜の木。その枝には花が二輪寄り添うように咲いていた。
「二輪だけ、もう咲いてる桜があるよ」
「ほんとだ」
「満開の桜を見るのもいいけど、こういう風に咲いてる桜も綺麗」
「うん」
頷く百合の横顔と桜の花びらを交互に見る。
「今日で卒業ってなんだか不思議な気分だよね」
「確かに、あんまり実感ない」
百合と並んで桜を見て、話しているだけで幸せな気持ちになる。
百合と一緒にいるときだけ感じられるこの気持ちは、これからもずっと続くと思う。それが、とても幸せだって私は心の底から言える。
でも、こんなに幸せな気持ちになれるなんて、あのときの私は全然想像出来なかったな……。

──百合に私の気持ちを伝えた文化祭の日の夜は全く眠れなかった。
不安で不安で、ネガディブなことしか考えられなくて、朝が来るまでがものすごく長かったことをはっきりと覚えている。
だけど、朝になってから百合に突然連れて行かれて、百合のお母さんと話をすることになったときは本当に驚いた。
どうしたらいいか分からないまま、百合のお母さんと三人で話をした。
「お母さん、わたしこれからどうするか決めました。だから聞いてくれますか」
「ええ、だってそのために来たのでしょうから」
「……わたし、お母さんのところには戻りません。……だけど、お金もいらないです」
「どういうことかしら」
「お母さんにとって、わたしはただ邪魔なだけって分かってます。だからお母さんのところに戻ったとしてもきっと迷惑になるだけだと思います」
隣で座っているだけの私にも百合の決心の強さがはっきり分かった。
「でも、わたしは一生お母さんの娘でいたいんです。だから、そのお金も受け取れないです」
「……」
「わがままを言っているのは分かります。だけど、わたしはどっちも選べません。本当にごめんなさい」
私も百合につられて思わず一緒に頭を下げた。
「あなたが言いたいことは分かりました。もういいです、とりあえず家に帰りなさい」
「……はい」
言われるがまま、百合は部屋の外に出ようとする。私もあとを追って部屋を出ようとしたときだった。
「真央さん、あなたには話があるからここに残って」
「えっ……はい」
百合は驚いた顔で振り返る。だけどそのまま部屋の外に出ていってしまった。

「……」
「……」
ど、どうしよう。百合のお母さんと二人きりにされても、どうすればいいのか分からない。
「……ごめんなさいね呼び止めてしまって、百合は先に帰らせるけど、あなたもちゃんと家まで送り届けるから安心して」
重苦しい空気を百合のお母さんが断ち切ってくれた。
「は、はい」
「……あなたはチョコレートは好きかしら? よかったらこれどうぞ」
「ありがとうございます……」
勧められて食べないわけにもいかなかったから、食べたけれど緊張で味がよく分からない。
「ごめんなさいね、百合のことだから急にあなたをここに連れてきたのでしょう」
「いえ……そんな」
「まあ、それはともかく……実はこの前真琴から聞いてたの。あなたが百合のことを好いてくれているってこと」
「えっ!? ……あ、あのその」
誇張ではなく、本当に心臓が飛び出そうになる。同時にものすごく冷や汗が出た。
「それってあの子を選ぶってことよ、あなたはよく考えたかしら?」
厳しい顔つきで投げかけられた言葉に思わずたじろぎそうになる。……だけど、私の想いをちゃんと伝えなきゃいけない。
「……はい」
深く頷いて、じっと百合のお母さんの目を見つめる。
「そう、あなたの気持ちはよく分かったわ」
そう言って百合のお母さんは紅茶を一口飲んだ。
「……真央さん。あなたにこれからの百合のことを任せるわ」
今までの厳しい表情から一転して、慈愛に満ちた微笑みで私の手を握ってきた。
「あの子を、百合を支えてあげてね」
「……はい、頑張ります!」

──まさか百合のお母さんがそう言ってくれるなんて、思ってもいなかったなあ……。
「さっきからぼんやりしてどうかしたの?」
「ううん。なんでもない」
そうやって百合と佇んでいると、晴海さんがこっちに走ってきた。
「ねー写真撮ろ!」
「あ、うんいいよ」
晴海さんに合わせて私もピースをする。
「はい、撮るよー」
シャッター音が鳴る。無事に写真は撮れたみたいだ。
「百合とはいいの?」
「本当は三人で撮りたいけどさー、多分嫌だって言うと思うからいいや。じゃあね!」
残念そうに笑ってから、風のように晴海さんは他の生徒の方に走っていった。
「行った?」
「もう、そんな言い方しちゃダメだよ」
「わたしが写真嫌いなの知ってるでしょ」
「そうだけど……」
校庭を一周して校舎の方に戻る。
「真琴さん待ってるだろうし、そろそろ帰ろ?」
「うん、じゃあ最後に……」
百合に抱きつくようにして、腕を組む。
「……学校では今まで通りにするんじゃなかったの?」
「学校に来るの今日で最後だし、せっかくだからいいじゃん」
呆れたような表情をする百合に、ちょっと拗ねてみせる。
「別にいいけど、人いっぱいいるよ」
「いいの」
今日で最後だし、周りを気にすることなく百合とこうしていたかった。
「ねぇ桜井先輩とあの人って……」
「やっぱりあの噂本当だったんだ」
「すごいね~あの二人」
気にしないようにしようと思っても、周りの下級生の視線や、ひそひそ話が気になってしまう。
「なんでそんなに楽しそうなの?」
「ずっとこうしたかったの、我慢してたから」
「ふぅん」
そうこうしているうちに、あっという間に校門に着いてしまった。
「あ、来た来た、もう腕なんて組んじゃって羨ましいな~」
ママが手を振りながらこっちに歩いてくる。 「じゃ、真央写真撮ろ、せっかくだし」
「うん」
「あっじゃあわたしが撮ります」
百合はママからデジカメを受け取ってシャッターのボタンを押した。
「はい、撮れましたよ」
「ありがとーよく撮れてるよ。じゃあ次は三人で」
「えっと……」
ママも百合が写真嫌いなことを知ってるはず。だけど、あえて三人でと言ったのだろう。
「あっ、ごめんちょっとシャッター押してもらっていい?」
「あ、はい」
ママが近くにたまたまいた橘さんにデジカメを渡す。
「ほら、百合ちゃんも入って入って!」
「は、はい」
百合はママの勢いに押されて渋々頷く。
ママが真ん中に入って右手で百合の肩を、左手でわたしの肩を抱いた。
「これで大丈夫ですか?」
「うんありがとね。……じゃあ写真も撮ったし帰ろっか」
「うん」
「はい」
私と百合は頷いて車に乗った。

2
「お邪魔します」
「やだもう、お邪魔しますなんていちいち言わなくてもいいのに」
「はは……」
真琴さんに乾いた笑いを返す。
確かに、わたしが桜井家にこうやって来ることはもはや日常になっている。
「それにしても、何だか感慨深いなあ。もう高校卒業だもんねえ。……年を取るわけだ」
ため息をつきながら真琴さんはキッチンに向かう。
「着替えたよ、百合」
「あ、うん」
真央と入れ替わりで、制服から私服に着替える。
「ふぅ」
ふと部屋を見渡すと、いつの間にかわたしの色々な私物が増えたなあと思った。元々真央の部屋だったのに、気づいたらわたし用のタンスが用意されるようになり、今では共用の部屋みたいになっている。
着替えを終えてリビングに下りると、真央が近寄ってきた。
「ねえ、百合少し外歩こうよ」
「……めんどくさい」
「いいじゃんほら、行くよ」
「はいはい」
ソファーに座る前に、玄関に連れて行かれる。
「行ってらっしゃい」
「うん」
「はい」
真琴さんに返事をして、わたし達は外に出た。

「なんだか、百合とこうやって歩いてるだけですごく楽しい」
「どうしたの急に」
恒例の、とまではいかないけど、真央とこうやって近所を歩くことは前に比べてかなり増えたような気がする。
「百合は楽しくないの?」
「ただぶらぶら歩いてるだけでしょ」
「もう、どうしてそんなムードないこと言うかな~」
「ムードって言っても、いい加減この辺りは見飽きたし」
「あっじゃあ、公園久々に行こうよ」
「……いいけど」
公園、文化祭があった日に真央から告白された場所だ。
「うーん、やっぱりこの公園いいよね。落ち着く」
「まあね」
木陰のベンチに並んで座る。
「なんか最近暖かくなってきたよね、やっと春になった感じがする」
「うん」
確かに、先週ぐらいから風が暖かく感じるようになってきた。
「もう私達も大学生かあ」
「実感ないけど」
「そうだよね。……でも、まさか百合と同じ大学に行けるなんて思わなかったよ」
「大げさ」
「ううん。三間桜に入ったのもギリギリだったし、今回の大学入試もきっとそうだったと思う」
「そう?」
三間桜に入ったときは知らないけど、大学入試はそこまで苦戦しそうじゃないと思っていた。
それに恭子さんがみっちり教えていたみたいだったから特に心配してなかったし。
「恭子さんもそう言ってたから」
「へえ、そうだったんだ」
真琴さんは真央に近所の女子大を勧めてたけど、真央はどうしてもわたしと同じ国立大学を受けるって譲らなかったのだ。
お母さんに迷惑かけたくなかったから国立大学を選んだってだけなのに、こんな大事になるなんて思わなかった。
「でも、本当によかった。百合と離れるの絶対に嫌だもん」
「……はいはい」
いまだに面と向かってこういうことを言われると照れる。
「なんか、百合のお母さんに会いに行ってから、すぐ受験勉強をし始めて、その、恋人らしいことあんまり出来てないよね」
「そうかな」
「うん、水族館とクリスマスイヴと、初詣ぐらいしか一緒に出かけられてないし」
「別に一緒にどこか行くだけがらしいことじゃないと思うけど」
「そうだけど、やっぱり私はそういうこともしたいって思うの」
「これからゆっくりでいいんじゃない。そんなに焦らなくても。……そろそろ帰ろ、喉乾いた」
「……そうだね」
そのまま何気ない話をしながら家に帰る。
「ただいまー」
「あっおかえり、もうちょっとでご飯出来るから下で待ってて」
「うん」
「分かりました」
並んでソファーに座ってテレビを見ていると、ほどなくして真琴さんから出来たよと声がかかった。

「ふー美味しかったよね」
「うん」
ご飯を食べ終わったあと、上の部屋に戻ってわたし達は部屋でくつろいでいた。
「私カキフライ好きだなー」
「それにしても真琴さんずいぶん飲んでたけど、大丈夫なの」
「うーん、寝ちゃったけど明日仕事休みみたいだしいいんじゃないかな?」
ママはお酒好きだけどすぐ寝ちゃうんだよね、と真央は笑いながら言う。その様子からみると本当に大丈夫そうだ。
「先にお風呂行ってきていい?」
「うん。……あっ、背中でも流そっか?」
「はいはい」
ニヤニヤしながら聞いてくる真央に適当に返して、わたしはお風呂に向かった。
「ふぅ」
そういえばシャンプーも、わたしが普段使ってるのと同じものがいつの間にか置いてあったし、真央が気を使ってくれてるんだろうなあ。
そう思いながらシャンプーを泡立てて髪を洗っているときだった。
「入るよ」
「えっ!? ちょっ……何しに来たの」
いきなり乱入してきた真央から慌てて目を逸らす。一瞬視界に入ったけど、間違いなく一糸まとわぬ姿だった。
「何って背中流しに、嫌だって言わなかったし」
いやいやいや平然と何を言ってるんだ。
「確かに嫌とは言ってないけど、いきなり侵入してこないでも」
「予告したらサプライズの意味無いでしょ、ほら髪も私が洗うから、任せて」
有無をいわさずわしゃわしゃとわたしの髪を、真央は洗い始める。
「……」
……誰かに髪を洗ってもらうのってこんなに気持ちいいものなんだ。
そのあまりの心地よさに、わたしはただされるがままになっていた。
「流すよ」
わたしはお風呂に入れられてる子供かなにかか、半分自分に呆れているうちに流し終わったようだ。
「ふぅ」
「じゃあ次は背中流すね」
「……今日はどうしてそんなに積極的なの?」
「いいじゃん別に」
「もしかして何か企んでる?」
わたしの言葉に、背中をスポンジで洗っている真央の手が一瞬止まった。
「企んでるって言ったら、どうする?」
「別にどうもしないけど」
「なーんだ、残念」
それにしてもやけに念入りに洗うな、わたしの背中ってそんなに広くないと思うけど。
「前から思ってたけど、百合って本当背中綺麗だよね」
「そう?」
自分の背中を見る機会なんてないし、実際どうなのかよく分からない。
「そろそろ流すね」
「はいはい」
背中がシャワーで流される。
「……で、いつまでいるつもり?」
わたしが湯船に浸かっていても真央はまだ外に出ようとしない。
「小さい頃はママと一緒に三人でよくお風呂入ってたじゃん」
「いや確かにそうだけど……」
わたしの抗議を無視して真央は体を洗い始めたる。
「……」
平静を装っているけど、この状況は正直相当心臓に悪い。
「ふぅ……よっと」
「あれ、もう出るの?」
「暑いから」
逃げるようにお風呂から出る。わたしは体と髪を乾かして部屋に戻った。

「ふわぁ……」
真央がなかなかお風呂から出てこないし、眠たくなってきた。
電気を消して目を閉じる。
「……」
不思議なものでいざ寝る体勢に入ると、なぜかさっきの真央の姿がちらついて眠れない。
何度も寝返りをしていると、ドアが開く音が聞こえた。
そのまま隣に来るのだろうと思っていたけれど、様子がおかしい。
「……んっ」
何をしてるんだろう。そう思っていると、足に人の重みを感じる。
「ねえ、百合、起きてるでしょ」
「……ん」
恐る恐る目を開けると、目の前に白のベビードールを身にまとった真央がいた。
「……」
「何か言ってよ、勇気出して着てきたんだから」
真央は顔を真っ赤にしながら覆いかぶさるように、わたしに体を寄せてくる。
「いや、その、なんていうか……」
真央の顔を直視出来ずに視線を逸らす。
「似合ってない?」
「いや、似合ってるけど露出がちょっと……ね」
「だって、百合こうでもしないとそのまま寝ちゃいそうだし」
「だからってこんな急に……ひゃっ」
真央に肩を掴まれる。
「私、本気だよ。じゃなきゃこんなことしない」
「わ、分かったから落ち着いて」
「やだ」
真央は恍惚とした目でわたしを見つめた後、顔をじりじりと近づけてきた。
「ちょっ……」
これから起こるであろうことを予想して、心臓が痛いほど高鳴っている。
「んっ」
視界の全てが真央で覆われて、そのままわたしの唇と真央の唇がそっと触れ合った。
きっとほんの数秒のことだったんだろう。
だけど、その数秒は今まで真央と過ごしてきた時間の中にはないような熱をもったものだった。
「ねえ、もう一回してもいい?」
「……いいよ」
さっきよりも深いキスをしながら、真央の指とわたしの指をぎゅっと繋ぐ。
「……っはぁ」
わたしと真央を結んでいた半透明な糸は一瞬で消えてしまう。
それがどうしようもなく切なかった。

「真央、本当にいいの?」
体勢を入れ替えて、今度はわたしが真央の上に腰かけるような形になっていた。
「……はぁ、本当百合はなんというか」
真央はため息をつくと、わたしの頬に右手を伸ばしてくる。
「私、百合が思ってるよりも、百合のこと好きだよ」
顔が赤くなるのが自分でも分かった。
「もう、どうして百合が真っ赤になるの。首筋とか耳まで……ふふっ可愛い」
「そんなこと言われて動揺するなって方が無理」
「だって、ストレートに言わないと百合は鈍感だから、分からないだろうし」
「……そんなことない」
「ううん、だって今もそう。私の気持ち分かってないでしょ」
怒ったようなすねたような顔で、真央はわたしの左手首を両手で掴んできた。
「ねえ、これなら分かる? 今、私がどうして欲しいか」
そのままわたしの手を自分の胸元に導く。その柔らかい感触の奥から、真央の鼓動が伝わってくる。
「……百合」
「うん、分かってる」
わたし達にもはや言葉は必要なかった。


「……ふぅ」
いつもとは違う心が満たされた倦怠感に包まれていた。
「もう朝になっちゃうね」
「……顔がニヤついてるよ」
「ふふっ、だって嬉しいんだもん。……やっと本当に百合の恋人になれたことを実感できてるから」
「……恋人イコールそうじゃないと思うけど」
「もう、そうだけど普通はそういうものでしょ」
「まぁ確かに」
「だって何ヶ月も経つのにそういう気配なかったら不安になるよ。本当に私のこと好きになってくれてるのかなって」
「受験直前にそんなことしてたら、真央は勉強に身が入らなくなるだろうし」
わたしだって我慢してたし。
「……それに真央のこと大事に思ってるから、うかつに手を出せなかったの」
「……もう一回言って」
「やだ」
「もう一回!」
正面から真央に抱きつかれる。柔らかい素肌の感触が伝わってきて、ものすごく心臓に悪い。
「……そこまで言うならもう一回するから覚悟して」
「えっ?」
わたしはそのまま真央を押し倒した。


「……ん」
「おはよ、百合」
いつの間にか眠ってしまっていたみたいだ。
「何か飲む?」
「……ホットココア」
「おっけー」
真央が戻ってくるまでの間で服を着てカーテンを開ける。
「んー」
軽く背伸びをしながら朝の日差しを浴びる。あまり寝ていないはずなのに不思議と体が軽い。
「はい」
「ありがと」
ベッドの上で座って、ココアを飲みながらぼんやり外を眺めていると真央が横にきた。
「ねえ、百合」
わたしの肩にもたれかかってきながら、真央は聞いてくる。
「どうしたの?」
「今日の空の色いつもより綺麗な気がするの」
「……そう言われてみるとそんな気がする」
雲がほとんどない、まさに快晴といっていい青い空を、それからしばらくわたし達は眺めていた。


──これからわたしはどうなるのだろう。
そんなふうに不安になるときもあるけれど、真央がこうやって隣にいてくれれば、大丈夫だろう。
「……ずっとこうしていられたらいいのに」
永遠に続くもの、変わらないものなんてないって分かっている。
「そうだね」
微笑む真央に頷き返す。
わたしも同じようにきっと上手く笑えているはずだ。
だってわたしも同じ気持ちでいるのだから。
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