楽毅と白起

文字数 1,781文字

 田單(でんたん)に破られた、燕の国についてみていきましょう。

 趙に逃げた楽毅(がくき)を、趙王は觀津(かんしん)に封じました。そして楽毅を尊寵(そんちょう)し、燕や齊の動きを警戒させました。

 燕の惠王(けいおう)(楽毅を交代させた王、昭王(しょうおう)の跡継ぎとなった王です)はそこで人を遣わして楽毅を責め、また謝って言いました。

「将軍は(あやま)って聴かれ、そのために寡人と隙ができました、遂には燕を棄てて趙に帰せられました。将軍は自ら計略を為されたのですからよろしいでしょう、しかしまたどのようにして先王(昭王)の将軍を厚く遇せられた思いに報いられるおつもりですか?」

 樂毅は書簡に返答して申しました。

「昔のことです、伍子胥(ごししょ)の遊説は闔閭(こうりょ)に聞かれ、吳は遠くその足跡を(えい)(楚の都)に至るまで刻みました。しかし次の呉王・夫差(ふさ)はその説を是としなかったうえに、伍子胥に鴟夷(ていい)?(のちに出るが、革袋か?)を賜って自殺せしめその死骸を江に浮かべました。吳王・夫差は先ず論じて、功を立てたことに報いることを悟らず、そのために子胥を江に沈めて後悔しませんでした。子胥もまた主君の力量が同じでないことを早く見抜けず、そのために江に沈められその魂はさまようことになったのです」

 伍子胥という人は、楚の人でしたが、楚の平王(へいおう)讒言(ざんげん)を信じ、その父、兄を謀殺したために、子胥は吳へと奔りました。吳王の闔閭は彼を信じて用いたため、楚を伐って楚の都・郢にまで攻め込みました。しかし文中にあるように、闔閭が卒して跡継ぎの夫差が立つと、子胥はしばしば諫言して不興を買い聴かれませんでした。ついには子胥に屬鏤(しょくる)の名剣を与え死に誘いました。子胥がすでに亡くなると、夫差はその(しかばね)を取り立て、鴟夷に盛って、江の中に浮かべました。

 鴟夷とは馬の革で創られるものといい、革囊(かわぶくろ)であるといいます。ある人の説では、生の牛の皮でできているとも言い、このような仕打ちを受けた子胥は怨恨し、そのために江に投ぜられても鬼神(魂)が化せず、波濤(はとう)の神となったとされるようです。楽毅は自らを伍子胥に例え、自らの用いられなかったことを風刺しています。

「つまりは身は安全で功を立て先王(昭王)の治蹟を明らめる、これこそ臣の上計でございます。毀辱(きじょく)(毀たれ辱しめられる)の誹謗(ひぼう)にかかり、先王の名を(おと)しめることこそ、臣の大いに恐れることでございます。測らざるの罪に臨み、幸いをいいこととし、義のためにこそあえて計略を出さないでおります。

 臣は聞きます、古の君子は,交りを絕っても悪声(あくせい)を出さず、忠臣は国を去っても、その名を誇張しないものにございます。臣は(ねい)ではございませんが(口才はありませんが)、しばしば教えを君子よりいただくことができました。(お答えする機会をいただきましたが)ただ君王の心にかないますように!」

 ここに燕王はまた樂毅の子の(かん)昌國君(しょうこくくん)とし、そうすることで樂毅を往来させて燕とも通じさせました。趙に卒し,号して望諸君(ぼうしょくん)と呼びました。

 楽毅の子孫は後にも活躍し、また出てくると思いますが、弱い燕を駆って齊を壊滅寸前にまで陥れた英雄・楽毅の、静かな最後でした。

 楽毅の活躍した時代を俯瞰(ふかん)してみるに、東で燕が斉に長駆攻め込んでいる一方で、西では秦が名将・白起(はくき)に率いられ、東の中原の国々を蚕食していく姿が見られます。白起の戦績については、上げた首級や城の数があまりにも多く、誇張されている可能性があるかもしれませんが、東で楽毅があげた功績、西で白起があげた功績は、同時代のものと思ってもいいかもしれません。

 楽毅の齊征伐まで、東の齊、西の秦が「両帝」と称し、並び立つ雄国でした。それらの国々に対し、中原の諸国は連合し協力して対応することになります。帝号を称した齊の湣王(びんおう)に対し連合軍を率いて対峙した軍の主将が楽毅で、楽毅に率いられた軍は東の齊を粉砕してしまいます。燕が齊を占領することになったのです。

 ところが、このことが七国のパワーバランスを崩してしまいます。両帝として並び立っていた齊が壊滅したために、西の雄であった秦の勢力伸長を防ぐ力、中原を東から支える力が著しく落ちてしまったのです。外交とはわからないものだと思います。そしてその秦の中原への進出を率いたのが白起であり、その盾となったのが趙の国だったのです。

 楽毅と白起、東と西の名将の行動が、このように対応していたことを、少し考えていていただければ幸いです。
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