二十四、

文字数 1,315文字

二十四、
 私は思っていたより長く塔でぼうっとしていたらしい。既に授業の始まっているはずの時刻だった。急いで授業を再開したが、特に呼びに来た者も心待ちにしている様子の生徒も居なかった。私は無感動にそれを受け止めた。
 授業を終えた後、どうにも悪寒を感じて早引けした。するとすぐに熱が出て寝込むこととなった。きっと汗をかいたまま寒風に吹かれていたせいだろう。上司に言うとあっさり納得して休暇を寄越してくれた。同僚も簡単にお大事にと言ったぎりであった。心配そうにしてくれたのは保険医と父ばかりであった。
 もう仕事の少ない弟がほとんど付きっ切りで看病してくれることになった。こうして長く一緒の部屋で過ごすことはしばらくなかったから、私と弟は大いに喜んだ。残り少ない日数を共に過ごせることにこれ以上ない幸せを感じた。
 熱の温度は大したものでなかったが、喉を患ったのか私はよく咳をした。私の胸が跳ねる度、弟は大層不安な顔をした。あまりに咳き込んだせいかとうとう私は血痰を吐いた。大病の兆しと踏んだのか、それを見た弟は血相を変えて保険医を呼んだ。大した事じゃない、喉が切れただけだと診断されてもまだ表情を昏くしていた。
「大丈夫よ、ただの風邪なんだから」
「病人は大抵初めはそう言うものだ。そうやって無理をするからなお悪くするんだ」
「じゃあ安静にしているけれど。……そう暗い顔しないでよ、こっちまで気が滅入っちゃうわ」
 そう言って弟の頬を撫でてやると、安心したのか少し微笑を浮かべた。
「けれども姉さんが結核でも患ったかと思って、本当に怖かったんだ」
「私が凶賊と剣を結んだ時だってそんな顔しなかったでしょうに」
「病はいかな英雄でも殺せるだろう。それに蝕まれる姉さんは死んでも見たくない」
「……本当に、私に死んで欲しくないんだね」
「ああ、絶対に」
 私はもう自殺する意思を失った。弟を残しては死ねなくなった。それを正直に伝えると、弟はようやくのように顔を明るくして喜んだ。そうして頬をさする私の手を握り返して、そのまま静かに涙を流した。
 するとそこへノックの音が響き渡った。目元を拭った弟が応対すると、果たしてそれは父であった。父は弟の顔を見て少し眉根を寄せたが、咳き込む私の様子を見てすぐに親らしい病状を思いやる言葉を投げかけてくれた。病状が危篤なものでないことを聞いて父は安心したようだった。またそれが心因性のものかどうかも聞いてきた。私は少しく迷って、弟の献身のおかげで随分体調が良いことを正直に伝えた。父はそれを聞いて黙って頷いた。すると子供にそうするように、二人の頭をくしゃくしゃと掻いなでた。私たちは少しこそばゆいような顔をした。ほんの短い間だが、我々は暖かい団らんを迎えられた。三人とも直近の事件を忘れて、互いを思いやる家族としてそこに居た。
 やがて父は見舞いの土産を渡して、「……すまない」と言って出て行った。何についてのことかさっぱり分からぬ我々は互いに目を見合わせた。土産には滋養のある食料の他に、甘い桃が添えられていた。二人が病気になると父は必ずこれをくれた。季節外れで青かったが、きっとそれで謝ったんだろうと二人はひとまず納得した。
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