遺言…… ③

文字数 4,317文字

****

 ――その後、わたしたちは充実したひと時を過ごした。

 里歩が差し入れてくれたフライドチキンやホットビスケットも食卓に並び、それらの料理を堪能(たんのう)した後は、わたし特製のクリスマスケーキ(白いホイップクリームとイチゴでデコレーションした)を切り分けてみんなで味わいながら、ゲームをしたり、クリスマスソングを歌ったりした。
 ケーキの評判は上々で、里歩も父も、そして甘いもの好きの彼もすごく喜んでくれた。

「――ねえ、あたしの気のせいかもしんないけど。このケーキってリキュール入ってる?」

「うん、香り付けにちょっとだけね。パパ、甘いものがあんまり得意じゃないから」

 父にも食べてもらうので、ケーキの生地に少しだけお酒を入れていた。とはいえ、焼いた時にアルコールは飛んでいたはず……なのだけれど。
 わたしはとっさに、彼が下戸であることを思い出した。

「ねえ、桐島さん。……リキュールの香り、気にならない? 酔っ払ったりしない?」

「大丈夫ですよ、コレくらいなら。美味しいです」

「ホント? よかった……」 

 父もすっかり楽しんでおり、死期が迫っている人にはとても見えないほど元気だった。

 余談だけれど、フライドチキンはみんな豪快にかぶりついていた。こういうものを食べるのに、お上品さなんて求めていられないのだ。

「絢乃さん、意外とワイルドなんですね……」

 油でベトベトになった口元をわたしが紙ナプキンで拭っていると、桐島さんがそんな感想を漏らしていた。

「だって、この食べ方が一番美味しいんだもん。お行儀悪くてもいいの」

「そうですか。なんか意外だったんで、ちょっとビックリしちゃって。でも、絢乃さんも普通の女の子なんですね。安心しました」

 彼はわたしの庶民的な一面を見て驚いてはいたものの、それで引いたという様子はなかった。
 思わぬところで彼の笑顔を目にして、わたしの胸はキュンとなった。父の命の()がもうすぐ消えそうだという時だったのに、わたしはなんて不謹慎な娘だったのだろう。

「――絢乃、外見て。雪降ってきたよ」

「えっ? ……あ、ホントだ。桐島さんもこっち来て来て!」

 里歩と一緒に窓の側で雪を眺めていたわたしは、彼を手招きした。

「このお家の中は暖房が効いてて暖かいですけど、外は寒そうですね……。スゴいな。東京でホワイトクリスマスなんて珍しい」

 雪はまだチラチラと粉雪が舞っているだけだったけれど、彼はそれを眺めながらそんなことを言っていた。

「――あの、ご挨拶遅れましたけど。あたし、絢乃の同級生で親友の中川里歩っていいます」

「ああ、絢乃さんのお友達ですか。初めまして。桐島貢と申します。絢乃さんがいつもお世話になってます」

 そういえばこの日が初対面だった二人が、今更のように自己紹介し合っていた。

「あー、いえいえ! それより、あたしには敬語なんていいですよ。あたしなんか、もうホントに普通のJKですから!」

「いえ。僕にとっては、絢乃さんの大事なお友達ですから。これからも絢乃さんのこと、よろしくお願いしますね、中川さん」

 わたしに対してだけでなく、わたしの友達である里歩にまで、彼は低姿勢だった。やっぱり、彼の謙虚さや腰の低さは生まれ持ったものなのだなとわたしは思った。

「はい、もちろんです! 桐島さんも、絢乃とお父さんのこと気かけて下さってるそうで……。このコの親友として、あたしからもお礼言わせて下さい。ありがとうございます」

 里歩に頭を下げられた彼は、「いえ」と言いながら自分も頭を軽く下げた。

「――この雪は、神様がパパに下さった最高のクリスマスプレゼントかもしれないわね……」

「うん、あたしもそう思うなぁ」

「ですねぇ」

 雪はいつの間にか本降りになっていて、薄っすら積もり始めていた。
 父が過ごす生涯最後のクリスマスに、何の因果か東京ではめったに降らない雪が降った。わたしがこの雪を「神様からの贈り物だ」と思ったのも自然なことだったのではないだろうか。

 もっとも、わたしの家族はみんなクリスチャンではなかったのだけれど――。 

「――絢乃。お父さんはちょっと疲れたから、先に部屋で休ませてもらうよ」

「はーい! パパ、ひとりで大丈夫? 部屋までついてってあげようか?」

「いいのよ絢乃。私がついて行くから、あなたはここでお客さまのお相手してて」

 わたしが父の方へ戻ろうとすると、母がそれを制止した。「お客さま」とはいっても、親友の里歩と彼だけだったのだけれど。

「うん、分かった。パパ、おやすみなさい」

「里歩ちゃん、桐島くん、悪いねぇ。私はこれで失礼するが、君たちはゆっくりしていきなさい」

「は~い! おじさま、お大事に」

「会長、ありがとうございます。お大事になさって下さい」

 父は母に付き添われて、少々力のない足取りで二階の寝室へ向かっていった。

****

「――わぁ、外真っ白だ! 絢乃、あたしそろそろ帰るねー」

 夜の八時半を過ぎ、クリスマスパーティーはお開きとなった。
 里歩は電車で新宿へ帰るため、わたしは彼女を駅まで送っていこうと思っていたけれど。

「ああ。いいよ。あたしひとりでも大丈夫だから! 絢乃はお父さんについててあげな」

「そう? ありがと。……じゃあ気をつけて帰ってね。また連絡するわ」

「うん。じゃあね、バイバイ絢乃。おやすみ~! ――う~~、寒っ!」

 ウェスタンブーツで積もった雪を踏みしめながら歩く彼女は、コートを着ていても寒そうだった。

 もしかして、彼女はわたしを彼と二人きりにしたかったのだろうか? 父についていてあげて、というのは建前で? ――と、その時のわたしはふと思った。

 そんな彼も、わたしがリビングに戻った時はすでに帰り支度を始めていた。

「――絢乃さん、おジャマしました。今日は楽しかったです。ありがとうございました。僕もそろそろ失礼します」

「えっ? 貴方も帰っちゃうの?」

 せっかく二人になれたのに……と、わたしが切ない気持ちになると、真面目な彼らしい気遣いで答えてくれた。

「はい。だいぶ長居してしまいましたし、会長もお疲れのようですし。僕は車なので、雪がひどくなる前に引き上げた方がいいかな……と」

「……そう」

 あのまま引き留めても、わたしのワガママで彼を困らせるだけだと思ったので、わたしはそこで引き下がった。

「――あ、そうだ」

 彼は玄関へ向かう廊下を歩いている途中で、見送るために後ろを歩いていたわたしを振り返り、ニコッと笑った。

「僕、あの後本当に車を買い替えたんですよ。今日もその新車で来たんです。絢乃さんもご覧になりますか?」

「えっ、いいの? ……待ってて! 部屋からコート取って来るから!」

「はい、ここでお待ちしてます。ゆっくりでいいですからね? 慌ててたら転びますから」

 彼の言葉の半分も聞かないうちに、わたしは急いで階段を駆け上がり、ウォークインクローゼットから普段使いのダッフルコートを引っぱり出して羽織ると、これまた大急ぎで階段を駆け下りた。

「き……、桐島さん……! お待たせ……っ!」

 息を切らし、ゼイゼイと肩で息をしたわたしを見て、彼は呆れたように笑った。

「ゆっくりでいいって言ったのに……。幸い、転んではいないみたいですけど」

「あ…………」

 こんなみっともない姿を好きな人に見られ、しかも笑われて、わたしはあまりの恥ずかしさに穴があったら入りたくなった。
 その時はわたしの顔は真っ赤で、(うつむ)いたまま顔を上げられないでいた。

「ああ、スミマセン。バカにしてるわけじゃないですよ? 絢乃さんの必死さがちょっと可愛いっていうか、微笑ましいっていうか」

「え……?」

 ……初めて聞いた。彼がわたしのことを「可愛い」と言ったのを。
 わたしは彼がどの女性に対しても、社交辞令であんなことを言うような男性(ひと)ではないと知っていた。心にもないことを言うような人ではないということも。
 でも、その時はまだ、彼がわたしに対して本当に好意を持っているのか分からなかったし、自分から確かめる勇気もなかった。

「……すみません。今のは忘れて下さい。――行きましょうか」

 でも、彼は照れ臭かったのか、そう言ってはぐらかした。

「うん……。史子さん、わたし、彼を見送りに行ってくるわ。ママたちにもそう伝えて?」

「かしこまりました」

 ――わたしは、彼と並んで車庫へ向かって歩き出した。
 彼の方が明らかに脚が長いので、歩くスピードも当然彼の方が早いはずなのに、彼はわたしの歩幅に合わせて歩いてくれていた。
 そんな彼の気遣いや優しさに、わたしの胸はまた高鳴った。

「――これが、僕の新しい車です」

 大きなリムジンが五,六台は停められる広さの車庫の一画に停められていたのは、シルバーのセダン。彼の話によれば、車種は国産車の〈マーク(エックス)〉だという。ちなみに、これは今でも彼の愛車である。

「へえー……、スゴいわね! ホントに買ったんだ……。この車、いくらかかったの?」

 わたしはちょっと下世話かな……と思ったけれど、気になる金額について彼に訊ねてみた。

「えっと……、内装をカスタムした時にかかった分も含めて、ざっと四百万ですかね」

「四百万……。もちろんローンを組んで、よね?」

 わたしや母にとって、四百万円というのは大した金額ではないけれど(決してイヤミではなく、事実である)。彼はごく普通の会社員なので、この金額を現金(キャッシュ)でポンは考えにくかった。だから、これだけの大きな買い物ならローンを組んだと考えるのが自然である。

「はい。月々の支払い額は増えちゃいましたけど、絢乃さんに乗ってもらうためなら……と思えば全然苦になりませんよ。そのために、ちょっと給料のいい部署に転属することになってますし」

「……ねえ、その転属先の部署って、まだわたしには教えてもらえないの?」

「そうですね……、今はまだ。話せる時が来たら、ちゃんとお話しします。本当は……、来ない方がいいのかもしれませんけど」

「…………」

 悲しそうな表情で彼が答えるのを見て、わたしには何となくだけれど、彼の言ったことの意味が分かった。
 彼がわたしにその話をするのは、父がこの世を去ってからなのだと。

「――じゃあ、僕もそろそろ失礼します。絢乃さんも風邪をひかないように、早くお家の中に戻った方がいいですよ。お父さまのこと、よろしくお願いしますね」

 雪はさらに激しく降りしきっていた。これ以上積もったら、タイヤチェーンが必要になるくらいだった。

「うん、おやすみなさい。また……、連絡くれますか?」

「はい、もちろんです」

 彼はわたしに微笑みかけた後、運転席に乗り込んで、雪の中車をスタートさせたのだった。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

篠沢絢乃(しのざわあやの)

私立茗桜女子学院・高等部二年A組。

四月三日生まれ、十七歳。O型。

身長一五八センチ、体重四四キロ。胸はDカップ。

趣味は読書・料理。特技はスイーツ作り・英会話。好きな色は淡いピンク。

主人公。高二の一月に『篠沢グループ』の会長だった父・源一(げんいち)をガンで亡くし、父の跡を継いで会長に就任。

小学校から女子校に通っているため、初恋未経験。

大のコーヒー好き。ミルクと砂糖入りを好む。

桐島貢(きりしまみつぐ)

篠沢グループ本社・篠沢商事・秘書室所属。大卒。

五月十日生まれ、二十五歳。A型。

身長一七八センチ、体重六〇キロ。

絢乃が会長に就任する際、本社総務課から秘書室に転属し、会長付秘書になった。マイカー(軽自動車→マークX)を所持している。

恋愛に関しては不器用で、現在も彼女なし。

絢乃と同じくコーヒー党。微糖を好む。スイーツ男子。

中川里歩(なかがわりほ)

私立茗桜女子学院・高等部二年A組。

五月二十四日生まれ、十七歳。B型。

身長一六七センチ、体重五三キロ。胸はCカップ。

初等部からの絢乃の同級生で大親友。バレーボール部に所属し、キャプテンを務めている。

数ヶ月前から交際中の、二歳上の彼氏がいる。

コーヒーは、ミルク多めを好む。

※このアイコンではセーラー服着てますが、本当の制服はブレザーです。

篠沢加奈子(しのざわかなこ)

篠沢グループ会長代行。篠沢家当主。短大卒。

四月五日生まれ、四十三歳。O型。

身長一六〇センチ、体重四五キロ。胸はDカップ。

絢乃の母で、よき理解者。娘が学校に行っている間、代わりに会長の務めを果たしている。

亡き夫で婿養子だった源一とは、見合い結婚だったがオシドリ夫婦だった。

大の紅茶党。ストレートティーを好む。

ちなみに、結婚前は中学校の英語教諭だった。

桐島悠(きりしまひさし)

フリーター。飲食店でのバイトを三ヶ所ほど掛け持ちし、調理師免許を持つ。

六月三十日生まれ、二十九歳。B型。

身長一七六センチ、体重五八キロ。

桐島貢の兄。一人暮らしをしている弟の貢とは違い、実家住まい。高卒でフリーターになった。

貢曰く、かなりの女ったらし……らしい。兄弟仲は決して悪くない様子。

愛煙家である(銘柄はメビウス)。

阿佐間唯(あさまゆい)

私立茗桜女子学院・高等部三年A組。※絢乃、里歩とは三年生から同じクラス。

七月二十四日生まれ、十七歳。B型。

身長一五四センチ、体重四一キロ。胸はBカップ。

三年生で初めて絢乃、里歩のクラスメイトになる。マンガ・アニメ研究部に所属。

男子バレーボールが題材の『ドラゴン・アタッカー』というアニメにハマっている、いわば「オタク少女」。その縁で、バレー部員である里歩と親しくなり、絢乃とも仲良くなった。

一つ年上の大学生・谷口浩介(たにぐちこうすけ)という彼氏ができたばかり。

レモンティーが好き。

村上豪(むらかみごう)

篠沢グループ本社・篠沢商事の代表取締役社長、常務兼任。大卒。四十五歳。

絢乃の父・(旧姓・井上)源一とは同期入社で、同じ営業部だった。源一が会長に就任した際に専務となり、常務を経て社長に。源一亡き後、絢乃の会長就任に際して再び常務を兼任する。

源一とは恋敵でもあったようで、結婚前の源一と加奈子を取り合ったことも。現在は一つ年下の妻と、絢乃より三つ年下の中学生の娘がひとりいる。

源一の死後は、父親代わりに絢乃を支えている。

コーヒーにこだわりはなく、インスタントでも飲む。

山崎修(やまざきおさむ)

篠沢グループ本社・篠沢商事の人事部長。専務兼任。大卒、五十二歳。

総務課で続いていたパワハラ問題に頭を抱えており、人事部長として責任も感じていた。

真面目でカタブツだと誤解されがちだが、実は情に脆い性格。三歳年下の妻と二十二歳の娘、二十歳の息子がいて、自分の子供たちが篠沢商事に入社してくれることを期待している。

広田妙子(ひろたたえこ)

篠沢グループ本社・篠沢商事の秘書室長。大卒、四十二歳。秘書室に異動した貢の直属の上司。

入社二十年目、秘書室勤務十年のベテラン。バリバリのキャリアウーマン。職場結婚をしたが、結婚が遅かったためにまだ子供には恵まれていない。

絢乃とは女性同士で気が合う様子。

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み