第51話 傷つけられた写真②

文字数 1,488文字

 秀一(しゅういち)は兄と会った最後の日のことを思い返した。
 
 あの日、秀一は朝から浮かれていた。
 夜の便でロンドンへテニス留学に行くことになっていた。
 留学先にはダブルスでペアを組んでいるハルが先に行っている。
 研修でイギリスに行く正語(しょうご)も秀一に合わせて渡航すると言ってくれた。
 初めての海外だったが不安は一つもない。楽しみしかなかった。

 前の晩からほとんど眠れなかった。高ぶった気持ちと寝不足でぼんやりしている時に、兄の一輝(かずき)からメールが来た。

 ——大事な話がある、すぐに来てくれ。

 一瞬めんどうだなと思ったが、兄に留学前の挨拶が出来るとすぐに思い直した。 
 大きな荷物はすでに空港に送ってある。午後に湯川駅前から出ているリムジンに乗れば、羽田には余裕で着ける。
 お気に入りのラケットと機内持ち込みのリュックをかついで、秀一はみずほ町に向かった。

「兄さんは、涼音(すずね)のことを心配していました。涼音は学費以外にかかるお金の事を親に頼めないでいるみたいで、バイトしていたそうなんです。でも学校で禁止されているし、学校生活にかかるお金は全部出すから、涼音にバイトを辞めるように説得してくれって頼まれました」

 秀一は兄から聞いた話を正確に伝えようと、慎重に語った。

「一輝くんは、そんなことのためにわざわざ秀ちゃんを呼んだの? まずは親御さんと話せばいいのにね」と運転席の正思(しょうじ)がバックミラー越しにこっちを見た。

「岡本さんと話してもかえって怒らせてしまったらしくって、困ってました」

「一輝くんは、涼音ちゃんにえらく肩入れするんだね。なんか、理由があるのかな?」

 秀一は考え込むように眉を寄せた。

「……涼音は、頭がいいからかな?……将来は自分の仕事を手伝ってもらいたいって、兄さん、言ってました」

「で、秀ちゃんは涼音ちゃんのところに行ったの?」

「はい……でも、涼音には会いませんでした。涼音の家の近くで武尊(たける)に会ったんです。兄さんから聞いた話を武尊にしたら、『俺が涼音に言うから帰れ』って、追い返されました……武尊はあの日、涼音に告白するつもりだったんです」

「わあぉ! いいねえ! アオハルだ!」と正思がはしゃいだ。

「その時に武尊と約束したんです。涼音が学校に内緒でバイトしてることは誰にも言わないって」

「えーっ、涼音ちゃんは家計を助けるために働いたんだから、いい話じゃない。なんでダメなの?」

「……涼音が公立の高校に行けなかった時、オレのお祖父(じい)さんが知り合いに頼んで、今の学校に入学出来るようにしたんです……涼音が校則破ったことを知ったら、お祖父さん、たぶん怒るだろうし……涼音がこの町に居づらくなるって、武尊は考えたみたいです。兄さんにも黙っててもらうって、武尊は言ってました」

「そっかあ、守親(もりちか)さんの顔に泥塗った感じになっちゃうんだね。秀ちゃんのお祖父ちゃんは、この町のドンだもんね。あれこれ気をつかわなきゃなんないのかあ。
 で、武尊くんは一輝くんに口止めしに行ったの?」

「武尊は涼音の家に行って、オレは家に戻りました。でも兄さんがいなくて、スマホが置き忘れていたから、スマホを持って兄さんの仕事場の温室に行ったんです」

 ここで秀一は言葉に詰まった。
 思い出すだけで顔が赤くなる。

「一輝くん、温室にいなかったの?」

「……いました……でも、真理子さんと一緒でした……」

 バックミラー越しにこちらを見ている正思と目が合った。
 正思の顔がにやけている。
 
「真理子さんと、ナニかしてたのかな?」

 秀一は赤い顔のまま下を向いた。

「……ちょっと、声かけられなかったんで……近くの棚にスマホを置いて、帰りました……」

 


 
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登場人物紹介

鷲宮秀一、主人公の高校生

九我正語(くがしょうご)、秀一の従兄弟、警察官

九我正思(くがしょうじ)正語の父親。人の恋愛感情を瞬時に見抜く特殊能力を持つ。

九我光子、正語の母親。秀一の伯母。

雅、介護士。雅は熟女スナックにいた時の源氏名。本名は不明

夏穂、秀一の幼馴染。秀一に片思い。

涼音(すずね)、秀一の幼馴染

武尊(たける)、秀一の幼馴染

賢人、秀一の甥っ子

真理子、みずほ中学の教師

コータ、真理子の弟、秀一の幼馴染

野々花、パンケーキ店の女主人

岩田、秀一のテニスの師匠

鷲宮一輝(故人)秀一の兄

鷲宮輝子(故人)秀一の母親。正語の母親、九我光子の妹

水谷凛、夏穂の従姉妹

鷲宮智和、秀一と一輝の父親

鷲宮高太郎、智和の兄

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