第212話 羽根

文字数 2,205文字

 ラトムは急ぎユウトの元へと向かって街道を眼下に下っていく。そして鉄の牛とその荷車の上空に姿を現した。そして進む鉄の牛めがけ、ラトムは急降下を行う。荷車の後方で翼をめいっぱいに広げ速度が一気に落ちた。

 進み続ける荷車のすぐ後ろでラトムは相対速度を合わせて滞空しながら、あけ放たれている荷台の中を覗く。そこにはユウト達一行が揃い、座りながら前かがみになって何かに熱心にとりくんでいた。

「ただいまっス!」

 ラトムは甲高い鳴き声を上げる。その声は並べられた木箱の上に向かいうつむいていたユウト達が一斉に顔を上げラトムを見た。

「おかえり、ラトム。お疲れ様」

 ユウトがラトムに返事を返す。ラトムは荷車の中に飛び込み、ユウトの肩へと降り立った。

「ユウトさん達は何をしてるっス?」

 ラトムは不思議そうにユウトの肩の上から並べられ、それまで皆が向かっていた木箱を覗き込む。木箱の上には紙が何枚も広がっていた。その紙にはインクで記号が書き並べられているものもある。そしてインク壺が誰の手にも届く位置に置いてあり、ユウトと四姉妹の手には大きな羽根が握られていた。

 羽根はペンとして加工され、切り取られた根の先がインクで濡れている。

「今、リナ達に文字を教えてもらっているんだよ」
「へぇ・・・あっ、その紙は砦で見かけた紙っス?」
「うん、そうだ。リナが砦で配布用に置かれてたものをとっていてくれたものらしい。裏面が無地なおかげで役に立ってる」

 ユウトとラトムの会話をよそに四姉妹はすでに紙に向き合い、手本となる紙に書かれた文字を書き写す作業に戻っていた。

「それで、工房長は何か言ってたかい?」

 四姉妹の作業を見守っていたヨーレンがラトムに話しかける。

「えっとお・・・マレイはもうすぐ中央に入るみたいっス。そうしたらオイラと直接やり取りするのは難しくなるっス。あと、ユウトさんを快く思わない者が出てくる頃だから気を付けろって言ってたっス」

 ユウトはラトムから聞くマレイの伝言になにか引っかかるものを感じた。

「ヨーレン。マレイの言い方じゃオレに危害を加えるものがいるってことか?」

 ヨーレンは短い時間、目を伏せて考え込む。

「そうだね・・・確かにそう取れる。ユウトを狙う襲撃者がいるかも知れないってことなのか・・・ラトム、工房長は何か詳しく言ってなかったかい?」
「具体的な事は何もないっス。気を付けるように、としか言ってなかったっス」
「なら差し迫った危険はない、か・・・工房長も確信はないってことなんだろうね。中央へ向かう道中では問題は起きにくいと考えていたんだけど・・・」

 ヨーレンはそう言ってまた考え込んでしまった。

 その様子を見ていたユウトが口を開く。

「とりあえず、気を付けておくぐらいしかできないな。レナ、それにリナも、周りを注意していて欲しい。何か気になることがあればすぐに教えてくれ」

 ユウトは四姉妹の間にそれぞれ座るレナとリナに声を掛けた。

 二人は黙ったままユウトを見ながら頷く。そしてユウトは思考の中で鉄の牛と接続されているヴァルに向けて語りかけた。

「聞こえてたか?ヴァル」
「聞イテイタ。スデニ警戒ハ行ッテイル。状況ニ動キガアレバスグニ知ラセヨウ」
「ああ、頼んだ」

 ユウトとヴァルの間での会話は手短に終わる。

 その間にもリナやレナはもくもくと作業を続ける四姉妹から尋ねられた質問に答えたり、羽根ペンの握り方を教えてたりしている。ユウトはふぅと一度溜息をついてラトムの報告にひと段落し、また目の前の紙に向かった。

 手に持った羽根ペンの先をインク壺に浸し、リナが制作した手本を書き写していく。その様子をユウトの肩の上からラトムは眺め、同じくマントのフードの一部としてユウトの肩に乗るセブルに向けて小さな声で話し掛けた。

「ねぇセブル。この羽根ってどうやって用意したっス?」
「あの羽根はリナが持ってたよ。ペンにしてあの子達に使ってもらうために集めてたんだってさ」
「・・・へぇ、そっスか」

 珍しくそっけないラトムの反応にセブルは首をひねった。

「うん?・・・あっ。ラトムもしかして自分の羽根を使ってもらえないのが不満なの?」
「ち、違うっス!オイラの羽根じゃそもそも細すぎてあんな風には使えないっス」

 そう言ってラトムはぷいっとそっぽを向く。

「あらら、ふてちゃった」

 セブルは「ごめんね」と言いながらラトムの身体に手を伸ばして優しくさする。ラトムはツンとしたまま態度を変えないままだった。

 耳元で繰り広げられる会話は小声と言ってもユウトには聞こえている。どうしたものかと考えて視線をあげるとちょうどヨーレンと目が合った。

 ヨーレンはにっと笑顔を見せ、巻かれた皮を広げ、一本の羽根ペンを取り出して見せた。ユウトはヨーレンがそのペンを持ち出した意味にはっとして気づき、そっぽを向いたままのラトムの背中を指先で軽くつついて目線で合図する。その視線の先には金属製のペン軸、ペン先を備えた羽ペンをヨーレンは持っていた。

「オレもそのうち、あんな上等なペンを作ってもらうからさ。その時にはラトムの羽根を使わせてくれないか?」

 小声で話しかけるユウトの声をラトムは硬直しながら聞いている。そしてぶんぶんと首を縦に振って答えた。

 そんなまわりのやり取りに気づくことなく四姉妹はただひたすら集中して羽根ペンを握り、紙に向かう。一行は街道を滞りなく進んでいった。
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