第20話   第三章 『シャルウィダンス』⑥  舞踏会

文字数 1,051文字

「ピアン・・トウ・・」
 
 踝もピッタリ・・。

「ピアン ・・!」
「・・タム」
 
 翼の主はスニーカーと合わせて用意した白いルーズなソックスも気に入ったようだ。その伸びたきれいな脚によく似合っている。
 
 そしてバレエダンサーのように優雅に立ち上がると、誘うように晃子に手を差し出した。

「テュヌ・トウ・ピアン・・?」
 
 シャル・ウィ・ダンス・・?

「ピアン・・!」

 一瞬、晃子の顔が驚きに輝く。

 そんな晃子の手を取ったまま・・リビングの扉と玄関の二重のドアに触れることなく開けると、踊るように外へと連れ出した。

 
 一面の曇り空の下・・その無傷の片翼を大きく広げると、その掌に晃子の手を捉えたまま少し浮き上がった。
 晃子の目が驚きに大きく見開かれた。
 手を取られたままその腕が伸びてゆき・・それにつられて思い切り身体を伸ばす。
 
 プリンシパルダンサーの身体はまるで見えない階段を上るように、一歩、更に一歩と上昇する。
 そこでバランスをとるためか・・傷ついた片翼がゆっくりと伸びをするように広げられ、揃った両翼がホバリングしてしばし空中に留まる。
 辺りの空気は密やかに息を弾ませ、翼の色が垂れこめた空の背景に溶け込んで行く・・。
 
 何処に連れて行くの・・?
 多少、不安の入り交じった気分で・・晃子の足は既に爪先まで伸び切っている。
 
 さァ・・一歩踏み出して・・初めは鳥達だって、飛ぶのを練習するじゃない・・。

(・・ピアン・・)
 
 その伸び切った爪先が、もはや雪のクッションさえ感じていないことに気づく。
 身体が自然に宙に浮いていて、何の力もいらない。
 それから離陸した飛行機がその車輪を機体の中に収納するように、足の爪先がその緊張を解く・・。
 フワッと浮いて・・無重力・・。
 
 晃子の口から思わず笑い声が弾けた。

「・・ピアン・トウ・・?」
「ピアン・トウ・・」
 
 そう言って、初心者に・・空中バレエの手ほどきを始める。
 でも、怖かったら・・。

「テュヌ・・トウ・・」
 
 その足は卸したての白いスニーカーの上に・・爪先立てるようにして。でも、足の筋肉を緊張させる必要はないから・・。

(ピアン、トウ・・?)
(ピアン・・)
(タム・・〉

「テュヌ・トウ・ピアン・・?」
「ピアン・・」
 
 そのまま音もなく、空中に滑り出す。スケイティングのように・・滑らかに・・。

 厚い雲の垂れこめる空の下、雪深い森の誰もいない空間が二人のためのボールルームに変わる。

♬・・テュヌ・トウ・ピアン・・テュヌ・トウ・ピアン・・テュヌ・トウ・ピアン・・♬

 
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