第25話 糸満マチューの武術
文字数 2,025文字
・・・なんだ、あの娘は。。
・・・この辺の者ではないな。それにしてもすごい。。
糸満の漁村を与那嶺チルーが歩くと、すべての村人の注目を集めた。
それはもちろん、チルーが稀に見る美形であること、そして華やかな鶴の柄入りの赤い着物の裾がやたらと短く、白くしなやかな脚が覗いている事。さらに袖を外して腕が肩までむき出しという異装のせいもあるが、それ以上に人々の目を惹いたのはその両手に酒瓶 をひとつづつ、瓶 の口の部分を上から鷲掴みにするように持って歩いていたからである。
・・・あの酒瓶は空なんだろう?
・・・いや、空にしてもあんな持ち方で歩いてるなんて、かわいい顔して恐ろしい力持ちだぞ。
力自慢の多い漁村でもチルーの腕力の強さは注目に値するが、チルーの持っているふたつの瓶にはちゃんと酒が満ちていて、しかもこの持ち方のまま与那原から五里の道のりを三時間近く歩いて来たと知ったら、彼らは卒倒するかもしれない。ちなみに現在でも沖縄空手には瓶を掴んで歩く訓練法が残っているが、このときのチルーと同じ真似が出きる者はめったに居ないであろう。
「ごめんください、この辺りにマチューさんという方はおられますか?」
このような風体で歩いていたチルーに声を掛けられた村の男はやや動揺を隠しきれない。
「え、はい・・ええとあの・・マチューという名の者は何人も居りますが・・・」
ここで男はチルーが両手に持っている酒瓶を横目で見て、得心がいったように話を続けた。
「ああ、糸満マギーの息子のマチューさんですね。ええ、この先の浜で舟の手入れをしていました。体が人一倍大きいのですぐわかると思います」
「ありがとう」
道を尋ねた男の鼻の下がしばらく伸びっ放しになるような、かわいい笑顔を見せてチルーは礼を言った。
(ええと・・ああ、あの人ね)
浜で舟の手入れをしている大勢の漁師の中でもひときわ目立つ大男がいる。
「こんにちは。マチューさんですね」
振り返った大男は年の頃は四十過ぎといったところか。日に焼けた漁師であった。
「ああ、マチューだが、あんたは?」
この浜には不似合いな見た目のチルーを、マチューは怪訝そうな顔で見た。
「与那嶺チルーと申します。大島クルウ先生の弟子です」
「大島クルウ?あの悪党め、まだ生きていたのか」
「はい、わりと達者ですよ。それで手紙を預かってきました」
「手紙?まあそれは読ませてもらうが、お前が両手に持っているのは、それ泡盛だよな」
「はい、心ばかりですが、秘蔵の古酒です」
古酒 と聞いて、マチューの顔色が変わった。大島クルウのいう通り、かなり酒好きのようだ。
「酒瓶はとりあえずそこに置いてくれ。仕事はもう終わりだ。手紙とやらを見せてもらおう」
砂浜に座り込み、チルーが手渡した手紙を読み終えたマチューが口を開いた。
「だいたいの事情はわかった。お前が最近評判の嫁取りチルーか。強えんだってな。ちょっと手合わせしてみるか」
「ここでですか?」
「ここじゃまずいかね」
「いいえ。では」
チルーは身構えて言った。
「立ってください」
マチューはゆっくり立ち上がる素振りで素早く浜の砂を掴み、チルーの顔に投げつけた。
砂による目潰しである。
「あっ」
チルーの目に砂が入り、視力が失われた一瞬の間に、マチューの手はチルーの両足首を掴んで持ち上げていた。砂浜にチルーが派手にひっくり返り、そのチルーにマチューが馬乗りになる。チルーの短い着物の裾がめくり上がり、白い太ももがあらわになっていた。
「う・・くっ」
マチューの体はまるで巨岩のように重く、チルーの剛力でさえはね除けることが出来ない。
「卑怯な・・」
「卑怯だとチルー。これが百姓手だよ。油断したお前の負けだ。ははは、俺が武士なら、これでお前を嫁に取れたのにな」
ふたりの立ち合いを見ていた周りの漁師たちが口々に囃し立てた。
「マチュー、昼間っからきれいな娘っ子と乳繰り合って、いい身分だなあ」
「嫁取りだって?おおいみんな、マチューに嫁が来たぞ」
「マチューに酒瓶持った嫁が来たって?」
マチューは囃し立てられても聞き流して、立ち上がった。
「おい嫁っ子よ。取り敢えず俺の家に来い。今日からしばらく俺と暮らすんだ。掛け試しの日までに俺が百姓手を叩き込んでやる。お前の名前も俺と同じ百姓の名だから、トーデなんてお上品な武士手より、向いてるんじゃねえか」
マチューのいう通り、チルーのという名は百姓の名前である。
「一緒に暮らす?ふたりきりでてすか?」
「そうだよ。それが大島クルウの頼みだからな。ただし、今みたいに油断するなよ」
マチューはぎょろりとした大きな目でチルーの顔を見た。
「油断してたら遠慮なく犯すからな。じゃあ酒瓶を持て。いくぞ」
そう言うとマチューは、さっさと先に立って歩きだした。
チルーは慌てて酒瓶を持って後を付いて行く。
ふたりを見送る漁師たちが噂する。
・・・おお、夫倡婦随だのう。
・・・マチューに力持ちのいい嫁が来たのう。
・・・この辺の者ではないな。それにしてもすごい。。
糸満の漁村を与那嶺チルーが歩くと、すべての村人の注目を集めた。
それはもちろん、チルーが稀に見る美形であること、そして華やかな鶴の柄入りの赤い着物の裾がやたらと短く、白くしなやかな脚が覗いている事。さらに袖を外して腕が肩までむき出しという異装のせいもあるが、それ以上に人々の目を惹いたのはその両手に
・・・あの酒瓶は空なんだろう?
・・・いや、空にしてもあんな持ち方で歩いてるなんて、かわいい顔して恐ろしい力持ちだぞ。
力自慢の多い漁村でもチルーの腕力の強さは注目に値するが、チルーの持っているふたつの瓶にはちゃんと酒が満ちていて、しかもこの持ち方のまま与那原から五里の道のりを三時間近く歩いて来たと知ったら、彼らは卒倒するかもしれない。ちなみに現在でも沖縄空手には瓶を掴んで歩く訓練法が残っているが、このときのチルーと同じ真似が出きる者はめったに居ないであろう。
「ごめんください、この辺りにマチューさんという方はおられますか?」
このような風体で歩いていたチルーに声を掛けられた村の男はやや動揺を隠しきれない。
「え、はい・・ええとあの・・マチューという名の者は何人も居りますが・・・」
ここで男はチルーが両手に持っている酒瓶を横目で見て、得心がいったように話を続けた。
「ああ、糸満マギーの息子のマチューさんですね。ええ、この先の浜で舟の手入れをしていました。体が人一倍大きいのですぐわかると思います」
「ありがとう」
道を尋ねた男の鼻の下がしばらく伸びっ放しになるような、かわいい笑顔を見せてチルーは礼を言った。
(ええと・・ああ、あの人ね)
浜で舟の手入れをしている大勢の漁師の中でもひときわ目立つ大男がいる。
「こんにちは。マチューさんですね」
振り返った大男は年の頃は四十過ぎといったところか。日に焼けた漁師であった。
「ああ、マチューだが、あんたは?」
この浜には不似合いな見た目のチルーを、マチューは怪訝そうな顔で見た。
「与那嶺チルーと申します。大島クルウ先生の弟子です」
「大島クルウ?あの悪党め、まだ生きていたのか」
「はい、わりと達者ですよ。それで手紙を預かってきました」
「手紙?まあそれは読ませてもらうが、お前が両手に持っているのは、それ泡盛だよな」
「はい、心ばかりですが、秘蔵の古酒です」
「酒瓶はとりあえずそこに置いてくれ。仕事はもう終わりだ。手紙とやらを見せてもらおう」
砂浜に座り込み、チルーが手渡した手紙を読み終えたマチューが口を開いた。
「だいたいの事情はわかった。お前が最近評判の嫁取りチルーか。強えんだってな。ちょっと手合わせしてみるか」
「ここでですか?」
「ここじゃまずいかね」
「いいえ。では」
チルーは身構えて言った。
「立ってください」
マチューはゆっくり立ち上がる素振りで素早く浜の砂を掴み、チルーの顔に投げつけた。
砂による目潰しである。
「あっ」
チルーの目に砂が入り、視力が失われた一瞬の間に、マチューの手はチルーの両足首を掴んで持ち上げていた。砂浜にチルーが派手にひっくり返り、そのチルーにマチューが馬乗りになる。チルーの短い着物の裾がめくり上がり、白い太ももがあらわになっていた。
「う・・くっ」
マチューの体はまるで巨岩のように重く、チルーの剛力でさえはね除けることが出来ない。
「卑怯な・・」
「卑怯だとチルー。これが百姓手だよ。油断したお前の負けだ。ははは、俺が武士なら、これでお前を嫁に取れたのにな」
ふたりの立ち合いを見ていた周りの漁師たちが口々に囃し立てた。
「マチュー、昼間っからきれいな娘っ子と乳繰り合って、いい身分だなあ」
「嫁取りだって?おおいみんな、マチューに嫁が来たぞ」
「マチューに酒瓶持った嫁が来たって?」
マチューは囃し立てられても聞き流して、立ち上がった。
「おい嫁っ子よ。取り敢えず俺の家に来い。今日からしばらく俺と暮らすんだ。掛け試しの日までに俺が百姓手を叩き込んでやる。お前の名前も俺と同じ百姓の名だから、トーデなんてお上品な武士手より、向いてるんじゃねえか」
マチューのいう通り、チルーのという名は百姓の名前である。
「一緒に暮らす?ふたりきりでてすか?」
「そうだよ。それが大島クルウの頼みだからな。ただし、今みたいに油断するなよ」
マチューはぎょろりとした大きな目でチルーの顔を見た。
「油断してたら遠慮なく犯すからな。じゃあ酒瓶を持て。いくぞ」
そう言うとマチューは、さっさと先に立って歩きだした。
チルーは慌てて酒瓶を持って後を付いて行く。
ふたりを見送る漁師たちが噂する。
・・・おお、夫倡婦随だのう。
・・・マチューに力持ちのいい嫁が来たのう。