第9話

文字数 1,452文字

 私には大事に大事にしてきた後輩がいる。少し外れるが、これは、恋愛感情ではなく、子弟感情だ。
 社内でごたごたしたこともあり、彼女は退職届を出した。
 入社当時は体もまんまるく、カバンからは、ばあちゃんがよく食べるようなお菓子がつぎつぎと登場していた。いつも大袋のお菓子を持ち歩いていた彼女は、先日、結婚した。
 以前、彼女から、ミニオンズのぬいぐるみをもらった。私が、工場をうろつき、営業室に戻ると、机にミニオンズのぬいぐるみが無造作に置いてあった。誰が置いたかすぐわかる。照れ屋で大雑把で強情で粋がる。
 彼女が入社して10年、辞めるのか。。。と頭の中を、彼女との思い出が走り回った。
 私が仕事でパンクすれば、ごちゃごちゃ言いながらも実際に手を貸してくれたのは彼女で、上司にたてついてくれたのも彼女。泣きわめいて私の仕事を手伝ってくれたこともあった。
 仕事中にすぐに泣く、これだけは私には理解しえない。脳が違うのだろう。
 結婚したから、今の重たい仕事を続ければ、彼女が幸せになれない。そう思えば、止められない。仕事はできる。頭も良い。でも態度が若干悪い。
 何より、私は、性格が思いっきり悪いふりをする彼女がいなくなるのが、寂しくてたまらない。一人でやめさせるのが、やるせなく、どうしてよいかわからなかった。
 こんなこともあった。朝、営業室にきた彼女、いきなり「おめでとうございます」。
「?」で埋め尽くされた私の頭。地元紙の年間最優秀エッセー候補に選ばれていたのだが、その文字は虫メガネでみないと分からないほどだった。実際、何の連絡も受けていなかった私は、営業全員がいる場所で、「ん?なんのこと?犯罪者?いや、何もしてない。ん?今日のご葬儀?」と、突っ込んだこともあった。
 車に乗せ続けてきたミニオンの帯がほどけたので、直営店のおばちゃんに、縫い付けてもらった。
 彼女の言動に腹が立ちすぎて、このぬいぐるみを、車の中で投げつけたこともあり、海岸で、枕にしたこともある。
 今日、私は店で、修理の終わったぬいぐるみを抱きしめていた。これが本心だろうと思う。
 最近入ってきた直営店の女の子が、口にする。
「一線越えてしまったから、仲が悪くなったんですね」
「その、一線って。。みんな勘違いするから止めて」
と、私が笑いながら言うと、女の子はけたけたと笑う。
女の子の笑い声が、私の心をからからと鳴らした。
 本当は重い。ラインを拒否したり、拒否されたり、電話をガチャ切りしたり、泣き叫んだり、支えあったり、馬鹿を言いあったり、居酒屋やチーズ屋さんに御飯を食べに行った。愚痴ったり、彼女の自論を、永遠にきかされたりだ。後輩の彼女はすっぴんであぐらをかき、私の話をきく。
 会社の電話、
 「〇×店のXXさんからの電話、出なくて良いの?」
出会って、10年間持ち続けたバトンを、直営店の店員に渡そうとする彼女の声は優しい。
〇×店のXさん、憎めない性格だ、、、。と、私が思っているのは、10年間近くでみてきた後輩なら、すぐに気が付くだろう。
 Xさんは、失敗するし、人の話をきいてないことはあるし、パニックになると1個のことしか考えられないし、突飛な質問をいきなりしてくるし、頑張りますといっている割に、たまに手を抜こうとするし。正直近くでず~っと見ていたい。歳も随分と下で、かわいくて飽きない。
 めでたいことに、ここ数日で、彼女の辞職は延期され、私はまた彼女としばしば喧嘩することになった。
でも、今のところ、全力で私を手伝ってくれている。

ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み