第8話 決断

文字数 1,172文字

チビたんに恋するダイちゃん。お年頃。年齢は分からないが繁殖能力はある。
ダイちゃん激似チビ猫大量発生は避けたい。



かかりつけの獣医さんに相談すると、「一日でも早いほうがいい」と言われた。
去勢手術の話だ。
心配なのは、一緒に住んでいないので、術後に十分な世話ができないこと。
それを言い訳にして、これまで決断を先延ばしにしてきた。

術後のケアはどのくらい必要なのだろう。
獣医さんの答えは明快だった。

「手術は日帰りです」
「エリザベスカラー? そんなの今はつけません」
「抜糸もいりません」

それを聞いてほっとした反面、退路を断たれた気持ちになったのも事実だ。
獣医さんの腕は確かだ。
新たな治療法を取り入れるときにも、決して賭けはしない。
動物たちの『生』を一番に考えてくださる。

病院の入り口で
「ここの先生やったら、大丈夫やからな」
とケガをした愛犬に言い聞かせるおじいちゃんを見かけたこともある。飼い主さんたちからの信頼は厚い。

 ――じゃあ、何をためらう。

正直に言おう。
私は、ダイちゃんに嫌われるのが怖かったのだ。

六月七日。外は大雨。
雨の日は不在がちなダイちゃんが、離れで出迎えてくれた。



ダイちゃんを膝の上にのせて、じゅんじゅんと説き聞かせる。

――ダイちゃんや、ちょっと行かねばならんところがある。
――悪いようにはしないから、私と人間を信じてほしい。

分かっているのかいないのか。ダイちゃんは小首をかしげて聞いている。



――つらいめに遭わせるけど、ダイちゃんのためなんだよ。

特に抵抗もせず、ダイちゃんは洗濯ニットにおさまった。キャリーはない。きゅるさんがいなくなったときに全て処分してしまった。
猫の入った洗濯ネットを小脇に抱え、雨の中傘も差さずに車にダッシュ。乗せるときには少しジタバタしたけれど、あとはずっとおとなしく座っていた。



病院の玄関に車を横付けし、受付で名前を書く。
女医さんが「ダイちゃん、ダイちゃん」と呼びかけてくれている。

「ダイちゃん、人に慣れてるねえ」

そうでもありませんが……、そうですね。

ふたりの獣医師とスタッフの前で、ダイちゃんが実家に居着くまでの経緯を説明した。私の話を聞いて、獣医さんが訊ねた。

「地域猫のしるしは、どうしますか」

飼い主はいませんが去勢済みです、という地域猫のしるし。耳にパチンと切り込みを入れるか、という問いだ。
答えは決まっている。

「いりません」

腹をくくる。ダイちゃんは私の相棒だ。

「じゃあ、4時頃に迎えに来て下さい」

白血病やその他もろもろの検査をしてもらって、手術して。
ダイちゃんはその日のうちに帰ってきた。

猫エイズに感染していることが分かった。
これはまあ、仕方ない。厳しいノラ社会を生き抜いてきたのだから。
病院から帰宅すると、ダイちゃんはすごい勢いでカリカリを食べた。



今日はおつかれさまだったね。

 ――おかえり、ダイちゃん。
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