第1話 ルイカと薬草取りの少女①

文字数 2,589文字

 家の外の景色を大きな広葉樹のある庭から白浜が眩しい海岸の風景に切り替えると、ルイカはウッドデッキに敷いたマットの上に仰向けに寝転がって腹筋を始める。

「いーち、にーい……」

 ルイカが来るまで風に揺れる広葉樹の木漏れ日の中で気持ちよく昼寝をしていたモップは、突然襲ってきた強烈な日差しから逃げるようにひさしの陰に移動する。

「もう、ルイカったら何度言えばわかるんだ……景色を変える前に一言断ってっていつも言ってるだろ?」

 霊獣カーバンクルの子供であるモップは、何度言っても聞き入れてくれないルイカに不服を申し立てると、身をよじらせて毛繕(けづくろ)いを始める。

「私ちゃんと言ったよ? モップが寝てて聞いてなかっただけじゃない?」

 ルイカは苦しそうに体を震わせながら三十回目の腹筋を数えると、力なく仰向けに倒れ込む。

「失礼だな。僕は寝てなんかないよ」

 モップが抗議をするためにルイカに近寄ると、降り注ぐ光を浴びて額のガーネットが優雅に(きら)めく。

「じゃあ、その口元の白いカピカピは何?」

 ルイカが指差した先には、(よだれ)が乾いてカピカピになった形跡がはっきりと残っている。

「変な言い掛かりは止めてくれないか」

 モップは魔法を発動して全身の汚れを落とすと、証拠を隠滅する。

「あっ、ずるっ子だっ。モップがずるい子に育っちゃった……」

 ルイカが長い年月を経て(ようや)く手にした(つい)の棲家では、今日も親友のモップとほのぼのとした時間が過ぎていくのだった……
 

 ルイカとモップがウッドデッキで言い争いに花を咲かせていると、外の世界にある家の郵便受けと繋がっている(かご)に一通の手紙が届いたことを知らせるベルが鳴る。

「ルイカ、手紙だよ」

 ルイカに押され気味だったモップはこれ幸いと話題を変えて宝石の中に戻ると、その場にはモップの額にあるのと同じ宝石のガーネットがちりばめられたブレスレットが残されるのだった。

「あっ、モップが逃げた」

 後少しと言う所で取り逃がしたルイカであるが、さほど悔しそうにする素振りも見せず、ウッドデッキの上に転がるガーネットのブレスレットを腕につけると家の中に入っていく。

「どれどれ……ミミスちゃんからの手紙だ」

 ルイカは差出人の名を確認すると、はやる気持ちを抑えながらペーパーナイフで封を切る。

 ミミスはルイカが行商中に出会った薬草取りの女の子で、病気がちな母のため、人を襲う危険な魔物が生息している森の中に入り薬草を採取しては売り、生活の足しにしているのだった。

 そんなミミスとルイカが出会ったのは小雨が降りしきる森の中だった。

 ルイカの馬車が山道の泥濘(ぬかるみ)にはまるアクシデントに見舞われ野宿することになった日の夕方、モップが魔物に襲われている人間がいることを知らせる。

「ルイカどうする?」

 人が襲われているのを見過ごすことが出来るはずもなく、モップを肩に乗せたルイカは急いで現場に向うのだった。

「ルイカ、あそこ。狼が三匹」

 モップはルイカにそう告げると、空間に魔力の矢を出現させ狼に向かって撃ち放ち三匹の内の一匹を仕留める。
 崖に追い込まれて逃げ場が無くなった女の子は怯えて腰を抜かしているのか、モップの魔法で逃げ道ができたのに逃げようとはしなかった。

「モップ、もう一匹任せたからね」

 女の子に向かってじりじりと間合いを詰め、今にも飛び掛かろうとする狼の姿に間に合わないと判断したルイカは、空間から魔法の杖を取り出すと、プロテクトウォールの魔法を発動させ女の子と狼の間に魔法の壁を発生させる。

 ルイカの機転により発生したプロテクトウォールは間一髪で間に合い、女の子に飛び掛かった狼達はプロテクトウォールに頭から激突するとその場に崩れ落ちていく。
 そこにタイミング良くモップが放った攻撃魔法が崩れ落ちた狼の片方に直撃し、二匹目の息の根を止める。

「モップ、おまけにもう一匹よろしく」

 襲われていた女の子が怪我を負っていることを知ったルイカは狼の相手をモップに任せると、自身は急いで女の子の元へ駆け寄る。

「もう、霊獣使いが荒いなー」

 モップは壁に激突して体勢を崩している最後の一匹に向け魔法の矢を撃ち放つと、(ようや)く狼の脅威は取り除かれるのだった。

「どう?」

 狼達の死骸が新たな魔物を誘い込むことがないように、炎の魔法を発動して骨まで燃やし尽くしたモップは、その場に残った狼の魔石を咥えると定位置であるルイカの肩へと戻る。

「うん。ほとんど切り傷で後も残らないと思う」  

 ルイカは安堵の息を吐くと、腰に巻いている鞄の中から傷薬の軟膏(なんこう)を取り出し女の子の傷口に優しく塗る。

「この子、まだ小さいのに冒険者のプレートを()げてるね」

 モップが言うように、見た目では十歳にも満たない女の子の首には冒険者である事を証明するプレートがぶら()がっていた。

 この世界では成人と言う概念は存在するのだが、それは主に貴族を基準にしたものである。
 特別裕福な平民でもない限り子供は貴重な労働力であり、何処(どこ)の土地でも子供は勉強よりも労働を行っているのが現状だ。

「防具も身に付けず一人で居ることが気に掛かるけど……」

 冷たいようであるが、この子にはこの子の家族がいて、それぞれの家族には事情というものがある。
 狼に襲われているところを助けたからと言って、土足で踏み込んで良いわけがない。

「一先ず馬車に連れて行って様子を見ましょ」

 ルイカはモップにそう告げると、気を失っている女の子を優しく抱き抱え馬車へと戻るのだった……


 幸い狼に襲われていた女の子の傷は逃げる途中に枝葉によって付いたものばかりで、狼の爪や牙による傷はなかった。

「毒などは確認できなかったし、怖くて気を失っただけだね」

 女の子の体温低下を防ぐため、着ていた服を脱がして体を拭いたルイカは、その痩せ細った姿に不憫さを感じられずにはいられなかったのだが、それでも尚、干渉することは躊躇(ためら)われる。

「洗浄魔法くらいなら良いでしょ?」

 ルイカの気持ちを察したモップは洗浄の魔法を発動すると、女の子の体の汚れを綺麗に洗い流し、女の子が着ていた服も洗浄し綺麗な状態に戻す。

「モップは本当に良い子だねー」

 ルイカは二つの意味で癒してくれたモップにお礼のモフモフをすると、更に癒される。

「おいっ、こらっ、ルイカ止めろって」

 全身揉みくちゃにされながら、モップの叫ぶ声が馬車の中に響き渡るのだった……
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