冷たい焼きそば

文字数 884文字

私が高校3年間を過ごした下宿は、3階建てのビルになっていて、3階が大家さん(下宿のおばちゃん)の自宅、1階と2階に下宿部屋が並んでいた。
部屋はそれぞれ約6帖の1人部屋で、毎年12人ほどの女子高校生達が共同生活をおくっていた。
お風呂はじゃんけんで入る順番を決める、トイレ掃除は当番制。コイン式の洗濯機1台と乾燥機1台が置いてあり、各々の洗面用具一式を置く棚と洗濯物が所狭しと干してある部屋がひとつあった。朝と夜はおばちゃんが作ってくれたご飯が食堂に並ぶ。

下宿生活最初の日、誰も知り合いがいないその場所で、私は小さな子供のように人見知りを発揮した。
夕食のメニューは大盛の焼きそばだった。
食堂に置いてある電子レンジで温めて食べればいいものを、誰にも会わないようにそそくさと部屋に持って行き、冷たくなった焼きそばをほおばった。
とても量が多かったが、
「これって残しちゃだめなのかな。」
と思い、無理やりかきこんだ。
その時、いつも家族4人で囲んでいた賑やかな食卓を思い出した。
テレビを観ながら、あーだこーだと言いながら、母が作った温かいご飯をみんなで食べる。
それが日常だった。
誰もいないしんとした部屋で、1人机に向かい、冷たい焼きそばを食べながら、とても寂しくなった。
焼きそばの味もよく分からず、ただただ涙がこぼれた。
それでも知らない誰かに会うのは気が引けて、トイレに行くのも歯を磨くのも、誰もいないことを確認してから廊下へ出た。

その日の夜、もちろん部屋にテレビはないので、音楽を聴くことにした。
しかし引っ越しの荷物がまだ全部は届いておらず、CDラジカセはあったがCDがなかった。
仕方なくラジオをつけると、歌手のゆずの2人の番組が放送されていた。
廊下に音が漏れないように音量を小さくして、私は布団に入った。
電気を消し、真っ暗な部屋の中で、
「寂しい。帰りたい。いつものベッドで眠りたい。みんなに会いたい。」
と、想いがどんどん溢れて涙が止まらなかった。

私が15年間当たり前のようにいたあの場所は、なんて温かかったのだろうと思った。
あの日のことは、20年以上経った今でも鮮明に覚えている。
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