詩小説『雨の動物園』3分の母と子の日常。全てのシングルマザーへ~第3話~

エピソード文字数 1,263文字

明日からまた、慌しい1日が始まると思うとうんざりする。朝を起きて朝食を作って、亮平の支度を済ませて、保育園に連れて行く。スーパーでレジ打ちのパートを終わらせて、浩次の家に行く。浩次は夜勤だから、私が行ったらいつも布団の中で寝ている。私も同じ布団に入り寝る。時間が来たら保育園のお迎えに行く。その繰り返し。
「ねぇ、ねえってば」
「うん?」
「ねぇ、聞いてんの?」
「あ?聞いてるさ」 
 浩次と私はお互い服や下着を布団の周りに脱ぎ散らかして、裸で天井を見上げ、寝転がっている。時刻は十六時。こんな昼下がりになにしてんだろって、萎えてしまう。
「あのさ、将来の夢なんだった?」
「将来? 俺、何歳だと思ってんだ? 今更、夢だのなんだのあるわけないだろ」
「違うわよ。子供の頃は夢とかあったでしょ、それなりに」
「宇宙飛行士」
「はっ?」
「だから、宇宙行くつもりだったんだ、漠然と。それもなんとなく行ける気がしてたんだ」
「馬鹿だね、相変わらず」
「そんなもんだろ、子供の頃の夢なんて」
「その夢、叶いそうですか?」
「叶うどころか、家と工場の行き来で一生が終わっちまいそうだよ。今だって、宇宙どころか、この布団から冷蔵庫の水取りに行くことすら面倒で躊躇ってんだぜ。この距離すらな、宇宙なんて到底行けっこない」
 そう言って笑って見せたその横顔は子供みたいで、それなのに子供とは縁遠い存在にも見えて、あなたの印象は極端な矛盾が生じている。
「なんか夢あったの?」
「えっ、私?」
「夢くらいあったろ?」
「まあ、それなりに」
「どんな夢?」
「大人になること」
「なんだ、それ。昔っから変わったヤツ」
「でも、そんな夢叶いっこないの。宇宙飛行士と同じ」
「全然、違うだろ」
「同じ、大人って宇宙くらい遠い存在。そもそも大人なんてこの世の中に存在しない生き物だから。子供の頃、想像していた大人ってヤツは幻だったんだ。意外と大人は子供で。子供のまま歳だけ取ったの、みんな」
「なんか、もういいや、お前の話ってなんか痛い、寝よ」
「目覚ましかけといてよ」
「あぁ」
 目覚ましが鳴ったら帰るから、汚れたり、つまづいたりの現実に。
 私は結局、雨の動物園で浩次からのメールを返すことはなかった。こくり、こくりと舟を漕いでいた亮平はしばらくすると静かに眼を醒ましこちらを向いた。そのタイミングで「帰ろうか」と私は一言つぶやく。すると亮平は小さく頷いた。
「今日の晩御飯何がいい?」
「ベーコンアスパラ」
「ベーコンアスパラ? アスパラベーコンじゃなくて?」
「アスパラベーコン」
「いっつもベーコンアスパラばっかり。本当、好きなのね」
「アスパラベーコン!」
「そうだったね。逆だったね」
「お名前なんてどっちでも良いの」
「ねぇ、亮平、将来の夢あるの?」
「動物病院の先生」
「えっ?」
「動物のお医者さんだよ」
「そうなんだ。亮平は動物大好きなんだ」
「うん」
 知らなかった。
 気付けば、雨は上がっていた。帰り道、バス停のベンチ。
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登場人物紹介

主人公はあなたです。それぞれの恋愛模様を『詩小説』で。

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