第1話

文字数 1,002文字

秋が終わり、冬に差し掛かる街角は、いつものように人々が行き交うのに、どこか寂しかった。夜のとばりに冷たい小雨が降る日はなおさらだ。闇が深くなるにつれ、人の足音は徐々に絶え、乾いた雨音ばかりが地面をたたく。


ふとハイヒールの甲高い音を響かせながら、黒いコートに身を包んだ女性が足早に地下鉄の駅に向かっていた。
彼女の顔は、細面で黒く長い髪を伸ばし、左の細い眼もとに小さなほくろがあった。目じりのしわは、化粧で丁寧に隠していたが、うっすら浮かび上がり始めている。彼女の視線は、いつも下を向いていた。


人気のない駅の階段を下りながら、彼女がふと顔を上げると、うす暗いホームの先のベンチに一人、女性が座っていた。白いコートを羽織り、短髪の頭を少し傾けながら、彼女の目線は手元の携帯を追っている。
まさか、と思いながら、彼女はベンチに近づき、「香織……?」と声をかけようとした。しかし香織は、もう携帯から目を離していて、人気に気づいたようにこちらを見やると、その丸い目をさらに丸くさせながら、「真由美?」と大きな声を上げた。十数年ぶりの二人の再会だった。


「香織やっぱり来てたの、同窓会?」
真由美はコートから雨粒を手で払う。彼女の声も態度も、落ちついたものとはいえ、先ほどとは見違えるように弾んでいる。
「もちろん。でも私たち、高校の時はクラスずっと違っていたでしょ」
真由美もかぶりを振る。
「ただでさえ大人数の高校なのに、クラスごとに同窓会をすると、なかなか会えないものね」
そう言って香織が頬を上気させると、高校の紺色のブレザーを着た、彼女のあどけない姿が真由美の脳裏によみがえる。
「そういえば今日の午前中、香織の家のそばを通ったわ。でももう表札が変わっていて」
「ああ、私も両親も、もう十年前に近くの町に越しちゃったの。真由美はまだ東京に住んでいるの?」
真由美はただ軽く首を縦に振った。高校を卒業後、香織と真由美は東京の別々の大学に進学し、住所も変わったことで、お互いの交流も自然と途切れていた。
香織は真由美を頭の先からつま先までしげしげと見ると、良いもの着てるじゃない、とつぶやいた。はっとしたように真由美も香織の服を見る。白いコートの下の、花柄の薄いキャミソールが蠱惑的に見えた。高校生の頃は、それほど身だしなみには気を付けていなかったのに、今の彼女の印象は見違えるほど明るい。

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