噂の花粉

文字数 1,014文字

ぅへっくし。ずず。肌寒い夜。そして、春。

出会いや別れ、再会や旅立ちなどは上っ面で突発的な出来事の部類で、
自動車税の払込みや保険の契約更新やらで財布の痛手を気にするのが社会人にとっての正しい「春」だ。

かく言うぼくも春は大の苦手で。
と言うのも、何を隠そう花粉症を患っているからである。
思い返せば、4月の華々しい季節に、ぼくはマスク必携で数多の入学式や始業式を迎えてきた。
皆がワイワイキャッキャと新しい友達、あるいは異性に目を光らせる中で、
ぼくは独り花粉と戦っていたのだ。
ついこの前の正月、三等親先の親類にまでお墨付きをもらったほど元々目つきが悪いのに、
掻きむしったせいで充血した目のぼくに、クラスメイトは怖がって寄ってこなかった。

「薬を飲まないお前が悪い」という身も蓋もない声が聞こえるが、決してそんなことはない。
スギ・ヒノキ花粉がわんさか飛散する時期から逆算して、早めに薬は飲んでいるのだ。
悲惨な事態にならないように。
それでも効果がイマイチなのは、敏感で、か弱いぼくの体質のせいなのだろう、とでも悲観してみる。

薬は“デザレックス”を飲んでいる。
“デザレックス”は界隈では有名で、なんとか製薬が独占販売している抗アレルギー剤の一種だ。
薬局に並んでいる、もしくはコマシャールで見る薬よりも遥かに効く、と僕は絶大なる信頼を置いている。
どうしてこんなに詳しいのかと言うと、
二年前に販売会社が倉庫での保管に関する手続きをサボったせいで一年販売中止になり、
慌てふためいた思い出があるからだ。
社会人になってかかりつけ医になった先生が診察のときに、
それはそれは熱心に販売会社に対してキレていたのは、まだ浅い記憶である。
結局、その年は泣く泣く“ビラノア”に変えて様子を見たのだが、これが案外イケる口だった。
今では、すっかりビラノア信者となっている。

へっくし。ずず。
明日。いや、もう今日は月曜だと言うのに寝付けなくて、ベランダにいる。
今日。いや、昨日一日、クシャミがやたらと出る。
目は全然痒くなかったのに。
ニュースキャスターも、少なかったですねぇ、なんて言ってへらへらしていた。

その時、「ポンッ」と携帯の画面が点灯した。
実家の母からの通知だった。
「こんばんは。今、昔の友達と旅行に行っててね、あなたの話で盛り上がってるのよ。クシャミ出てたらごめんなさいね。」

これからは花粉だけじゃない。
遠い故郷で飛散する噂話にも気をつけないといけないみたいだ。
ずず。
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