電話ボックスA
文字数 2,459文字
夜遅くまでアルバイトをしていた犬塚蓮季は、よく知らない街を深夜一人で歩くことになってしまいました。
帰り道を探そうにもスマホの電源が切れてしまい、途方に暮れていました。
仕方がないので、友人・安田酢太郎に迎えに来てもらおうと蓮季は考えました。
その矢先、一つの電話ボックスに目が留まりました。
今ではあまり見かけない、緑色の古いタイプの電話ボックスです。
酢太郎の連絡先はしっかりと手帳にメモをしていた蓮季はラッキーだと思い、電話ボックスのなかに入りました。
公衆電話に小銭を入れて電話をかけると「おかけになった電話番号は現在使われておりません」という音声が流れました。
何度かけ直しても同じでした。
動揺はしましたが、何かの間違いだと思った蓮季は電話ボックスから出ようとします。
ところが、ドアが開きません。
まるで接着されているかのようにびくともせず、さらにドアには紙が貼ってありました。
そこには「10分で出なければ食うぞ」と赤い文字で書かれていました。
蓮季は慌てながらも、電話ボックスのなかに何があるか見渡しました。
公衆電話をよく見てみますが、一見して緑色の普通のものです。
棚を見てみると一冊の電話帳が置いてあり、メモが挟んでありました。
メモには「米野きみ」と書いてあります。
蓮季はふと貼り紙を見ました。
「ひったくりは犯罪です」と呼びかける警察署の貼り紙でした。
次に広告に目が留まりました。
葬儀会社の手配の広告です。会社の電話番号が載っています。
床に目を落とすと1枚のテレホンカードが落ちていました。
蓮季はそのテレホンカードで酢太郎に電話をかけましたが、やはりつながりません。
蓮季は「10分で出なければ食うぞ」と書かれたドアの貼り紙を再度目にして、いつの間にこんなものが貼られたのだろうとゾッと恐怖を覚えました。
ドアに貼り付いて音を聞いてみますが、まったくの無音です。
メモに「米野きみ」と記されていたことを思い出し、急いで電話帳で探してみると、電話番号を見付け出すことができました。
蓮季はその番号に電話をかけました。
ぷるる、ぷるる
おばあさんが何かを言いかけたところで、電話が切れました。
蓮季は電話帳に載っている電話番号に片っ端からかけてみますが、そのどれにもつながりません。
再度「米野きみ」にかけますが何故かつながりません。
蓮季は必死に電話ボックスのドアを叩きますがビクともしません。
蓮季は「まだ調べ切れていないんだわ」と思い、電話ボックスの中を必死に探ってみます。
しかし床にも棚にもめぼしいものは何もありませんでした。
ふと、葬儀会社の広告に電話番号が書かれていたことを思い出し、かけてみました。
ぷるるー、ぷるるー。
がちゃ。
「お前が死体になるんだよ!」
と、突然怒鳴りつけられ、電話を切られました。
蓮季は貼り紙をじっと見詰めます。
恐怖に戦いている蓮季は慌てふためいて何度も何度も貼り紙や広告を見ますが特に何も見付けられません。
突然、公衆電話がけたたましい音を立てて鳴り出しました。
「いただきます」
と、しゃがれた声が、電話から直接聞こえてきました。
グチャリ。
一瞬、それが何の音か分かりませんでした。
自分の体が潰れる音だと気付き、激痛が全身を走り、意識が遠のいていきました。
ハッと気が付くと、電話ボックスに入る直前でした。
蓮季は電話ボックスから離れ、足早に街のほうへと走って行きました。
しかし、頭の中にはあのグチャリという音が響き、耳から離れることはありませんでした。