8話 運命の波紋(6/7)

文字数 1,939文字

「矢抜くぞー」
「お手数おかけします……」
いちいち申し訳なさそうにする青年に、クザンは苦笑を浮かべつつ、掴んだ矢を一気に引き抜いた。
「ーーっ」
心の準備があったとはいえ、声ひとつ漏らさない青年の様子に、クザンは内心感心する。
足の傷を治癒しながら、尋ねる。
「お前、久居って言ったか」
「はい」
「歳はいくつだ?」
「十八です」
「……リルと四つしか違わねぇのか」
もっと上かと思っていた青年の歳に、クザンは幼い息子の寝顔を見る。
「で」
足の治療が終わったのか、クザンは立ち上がると、青緑色の半球へと視線を移した。
クザンの纏う空気が、ざわりと暗く蠢く。
「あん中でフリーに手を握られてんのは……?」
あからさまに不機嫌そうに問われて、久居がその圧力にビクリと身を震わせつつ答える。
「こ、菰野様は十五でいらっしゃいます」
「ん? 何だ、あいつがお前の雇い主か?」
久居の言葉に、クザンが怒気をおさめた。
「はい……私の全てを懸けても、お守りしなければならなかった方です……」
久居が苦し気に眉を寄せて答える。
久居はリルを抱いていない方の手で、腕にかけていた首巻きをまた首元へと巻いていた。
菰野に、なるべく巻いておくよう心配されていた事を思い出しながら。
(ふーん……。そこまで言われるなら、悪い奴じゃねぇんだろうが……)
クザンは考えながら、凍結膜に近付いてゆく。
その中では、可愛い一人娘があろうことか見知らぬ少年の手を大切そうに握り締めていた。
クザンの額に青筋が浮かぶ。
(フリーとどういう関係だ!?)
クザンは凍結膜に両手を乗せ、心の中で叫ぶ。
(すぐに俺が凍結解除してやるからな! 待ってろ、フリー!!)
膜の中で、愛娘は悲しげに涙を零していた。
(そこのテメェは首を洗って待ってろよ?)
クザンは苛立ちのままに、ギロリと血塗れの少年を睨み付ける。
どんな理由だとしても、娘にこんな無茶をさせたこの少年を、クザンは許せそうになかった。
「菰野様……」
不安げな、か細い声は久居のものだった。
足の治った青年は、リルを抱いたまま膜の側まで来たらしく、そこに手を付いて今にも泣き出しそうな瞳で中の少年を見つめている。
あれだけ心の強い青年の、あまりに弱々しい様子に、クザンは思わず声をかけた。
「そう凹むなよ」
クザンは膜をコンと拳で軽く叩いて言う。
「少なくともこいつは死んじゃいねーし、凍結解除したら俺が治してやるよ」
(その後、俺の拳でまた怪我することになるけど……、な)
内心付け足しながら、クザンは中に横たわる少年の様子を観察する。
(しかし、失血が激しいな……。膜で分かりにくいが、顔色も相当やばそうだし、こりゃもう一人くらいは高位の治癒術者がいねぇと厳しいか……)
もしかしたら、もう既に死んでるんじゃないか、と思うほどの惨状ではあったが、フリーは、この少年を生かすためにこんなことになったんだろう。
だとすれば、ひとまずこの中の少年はまだ生きているという前提で考えるしかない。
クザンは考えを纏めると、久居に尋ねる。
「リリーは解除法を何か言ってたか?」
「リリー様の御師匠様でしたら、何とかできるのではと仰っていました」
問いに久居は知る限りの事を答えた。
「あー、じーさんか。元気にしてんのかなぁ」
クザンの表情が明るくなる。
その檜皮色の瞳が、懐かしい何かを映すように揺れた。
「朝んなったら早速行ってみるか」
「あの……」
久居が声をかけたところへ、柔らかい声が割り入った。
「クザン、お帰りなさい」
「おー、リリー。今帰っ……」
耳で分かっていたのか、不意にかけられた声に驚く様子もなく笑顔で振り返ったクザンが途中で言葉を失う。
「お前……髪……切ったのか?」
クザンの言葉には、そうさせてしまった自身への自責が滲んでいた。
「……ええ」
答えるリリーも、それに気付いてか、申し訳なさそうに苦笑した。
「あなたのお気に入りだったのに、ごめんなさいね」
「バーカ、気にすんな」
クザンは大股でリリーへ近付くと、その勢いのまま強く抱き寄せる。
「俺が愛してるのは髪じゃない。お前自身だ」
心を込めて、はっきりと言い切るクザンに、リリーがクスッと小さく笑う。
「相変わらずね」
そう言いながらも、金色の瞳はどこか安心したように弛んだ。
「さ、お弁当持ってきたから、食べましょう」

その言葉に、久居が慌てて申し出る。
「あ、お手伝いさせてください」
その申し出を、リリーは笑顔で断った。
「リルがくっついたままでは大変でしょう? 座っていてちょうだい」
バスケットを開け始めるリリーを、ようやく腕の中から解放して、クザンが尋ねる。
「この皿配っていいんだな」
「ええ、お願いするわ」
カチャカチャと食器を広げ始める二人を見ながら、久居は思った。
(ええと……。先程のは日常会話だったのでしょうか……?)
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登場人物紹介

リール・アドゥール (reel・adul) [鬼と妖精のハーフ]


フリーの双子の弟

14歳 6月25日生まれ 身長145cm 体重はかなり軽い

頭のてっぺんにちっちゃなツノ有り

種族の関係上、見た目は8~9歳程度


妖精ばかりの村でただ1人の鬼っ子。いわゆる虐められっ子。

幼い頃からずっと姉の後ろで守られてきた為、どうにも甘えた性格に。

泣き虫で、無邪気で純粋。良くも悪くも空気が読めない。


潜在能力は物凄いものの、まったく制御が出来ない(汗)

逆に言えば、今後一番成長していける子。


リールという名前は本編中では常にリルと略されている。

※久居・菰野はそれが略だということすら知らない

フリー・アドゥール(free・adul) [妖精と鬼のハーフ]


リルの双子の姉

14歳 6月25日生まれ 身長155cm 体重は普通 歳のわりに胸がある

背中にトンボのような羽と、頭に触角有り

こちらは14歳程度の外見


笑ったり泣いたり怒ったり、くるくる表情が変わる天真爛漫な女の子。

リルに比べるとずっと我慢強く、すぐに泣くタイプではないものの、

リルに比べて酷い目に遭いやすい。


普段はリルをからかったり虐めたり八つ当たりしてみたりと玩具にしているが、

いざというときには弟を守るべく必死になれる良いお姉さん。


背中に羽が生えているものの、退化していて飛ぶことは不可能。

材質的にはトンボの羽のような感じ。

爪のように毎日ちょっとずつ伸びるので、時々カットして長さや形を整える。

男性は小さめに、女性は大きく緩やかなカタチに整えるのが最近の流行。


触角はマナーとして一般的に接触禁止。


菰野 渡会 (こもの わたらい)


菰野が名で渡会が姓。姓は国(藩)名と同じ。

本編中には下の名前しか出ない

皇(藩主)の実姉の子

15歳 10月10日生まれ 身長160cm 体重は見た目より重い 童顔


生まれたときから城暮らし。

5歳の時に、海辺に落ちていた久居を拾って来る。


母親は菰野が10歳の時に死去。

その後は母の弟である譲原皇に温かく見守られ育つ。


立場上微妙なところにいるせいか、一人称が登場人物中誰より多く

私・僕・俺を器用に使い分ける。

久居 (ひさい)


苗字は記憶と共に喪失

18歳 5月生まれ(日は不明)身長165cm 体重は思ったより軽い

髪型のせいか態度からか、老けて見られる事が多い

8歳の冬、海辺に打ち上げられていたところを、菰野とその母に拾われて以降、菰野の傍を片時も離れず菰野の面倒をみながら育つ。

拾われる以前の記憶には部分的に抜けがある。

自分の存在意義を菰野に見出しており、菰野の為なら惜しみなく命も手放す。


過去のトラウマから、首元に触れられると意識を失う体質のため、真夏でも首元に布を巻いている。

幼少時から常に丁寧語で話す癖があり、咄嗟のときも、心の声も全て丁寧語。

葛原 渡会 (くずはら わたらい)


皇(藩主)と正妻との第一子

21歳 1月28日生まれ 身長165cm 体重は見た目よりずっと軽い


正統な皇位継承者。


父以外に愛情を注いでくれる対象を持たず、よって菰野が羨ましくてしょうがない人。

生まれたときから母親には邪険にされている。

譲原 渡会 (ゆずはら わたらい) 


皇(藩主)亡き姉の忘れ形見である菰野を、とても大事にしている。


姉が面倒を見ていた久居を引き取り、居場所と地位を与え、あれこれと教育を施す。

それに対し、久居は恩を一生尽くす事で返すつもりでいる。

そんな久居を譲原も信頼している。

加野 渡会 (かの わたらい) 


皇の実姉、一人息子の菰野をなにより大事にしていた。


菰野が拾ってきた久居の世話を焼き、居場所と仕事を与える。

その事を久居もとても感謝しており、恩を一生尽くす事で返すつもりでいる。

そんな久居を加野も、とても信頼していた。

リリー・アドゥール (lily・adul) {妖精}


リルとフリーの母親


妖精の村を隠す為、山にぐるりと張られた結界の管理者。

彼女にしか出来ない仕事というのが多く、案外多忙。

結界を扱うその能力は群を抜いている。


村長の娘ではあるが、妖精以外の種族との子を産んでしまったため、村から離れた結界ギリギリの場所に、ポツンと家を建てて家族3人で暮らしている。

子供達の安全の為、夫とは別居しているものの、夫婦仲はすこぶる良好。

葵 (あおい)


国(藩)に仕える盲目の隠密 女性 24歳


先に重りをつけた鎖を武器として用いている。

隠密としては優秀な類で、里の代表として国(藩)に仕えている。

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