第七話

文字数 1,951文字

翌日、ミノメールを宿に残して私は遺跡へと向かった。
途中オアシスの住民たちの幾人かと会話を交わして、遺跡の大男にそれなりの賞金が懸けられている事を確認した。危険に見合う額とは言いがたかったが、迷惑者を退治てやれば暫くの逗留費くらいは宿でも免除する気になるだろう。酒食の宴席にも困るまい。

ミノメールに倣って、今日はフード付きの外套を宿で調達してきた。おりからの強風に吹きつけてくる砂煙も、布一枚でだいぶ防げる。もっとも、主目的は別にある。腰の刀を隠すためだ。私の背は女としては少し高いくらいなので、こうして装えば非力な旅人に見えることだろう。私の姿を見て大男が襲ってくれば好都合、なろうことなら地の底になど潜りたくはない。
遺跡とオアシスの距離は、歩いても半時間ほどである。私は馬を宿に残して歩くことにした。照りつける太陽は相も変わらず、乾いた熱風は浮く汗を浮いた先から(さら)っていく。
万丈の荒野に敷き詰められた、砂の一粒になれたらと時々思う。物言わぬ大河の一滴になれたらと。だが私はそうは生まれつかなかった。砂漠の風に紛れていった額の汗が、せめて無言の平穏に恵まれん事を願う。

遺跡に着いた私は、まずその巨大さに半ば呆れた。地上に見えているのは四角錐の頂点付近だけとミノメールに聞いていたが、それでも並の家屋の比ではない。周囲に張られた発掘現場を示す柵は風化し始めているものの、遠目には異様な姿の砦に見えたほどだ。中に棲み着いた狂人を恐れて、近頃では人の立ち寄る事もないという。周囲は強い日差しと、舞い飛んでいく砂塵とが永劫の支配を広げている。
私はサミュの町で出会ったある行商の話を思い出した。遺跡の大男が現れる以前から、その行商はこのオアシスを中継地点として活動していたのだという。かつては専門の発掘隊まで派遣された遺跡が中央の政変により放置され、一般の人間が足を踏み入れるようになったのがおよそ十年前。まだ調査が完全に終わっておらず危険が残ることから訪れる人の数は多くはなかったが、観光目的の旅行者は好んで見物したがった。やがて地元民による案内役の斡旋所が設けられ、遺跡はサミュの名所として広く知られるようになった。

ところが有名になるにつれ、遺跡には好ましくない客も増えた。案内役(ガイド)たちが危険として旅行者の立入りを禁ずる未調査区域の奥に、セイロン王の財宝が眠っていると夢想する愚かな連中が現れたのだ。そのような宝が仮にかつて存在していたとしても、王朝末期の財政難の時代にあらかた使い果たしてしまったはずだ、と行商は言った。私も彼の推論が正しいと思う。
それでも盗掘者たちは古代の財宝の残滓を狙って、世界の各地からやってきては暗躍した。落盤や機能を失っていない罠により死傷する者もあったが、盗賊達は危険が大きいほど期待できる収穫も大きいとの身勝手な判断から益々奮い立ち、まれに装飾品の一つでも見つかることがあると意気揚々と引き上げていったという。彼らが手にした品が本当に古の王家のものなのか、それとも墓守りの一族の日用品であったのか、それすら判別しがたいものだ。半ば意地になって探索を続けていたのであろう盗人たちの様子を想像すると可笑しかった。彼らの一喜一憂を酒場で聞く毎日は、さぞ楽しかっただろう。

二人連れの盗賊がその行商と同じ酒場に現れたのは、ちょうど五年前の事だったという。一人は妙に手足の長い優男で、もう一人は並より頭二つほど背の高い大男だった。二人は各地で遺跡荒らしや用心棒などの荒仕事を重ねては悪銭を稼いで回る無法者だった。盗賊としての腕前は上々で、サミュに姿を見せてからわずか数日の間に、遺跡に残された宝のいくつかを町に持ち帰り酒場を沸かせた。聞けば手足の長い優男は軽業師のような身軽さで、恐れられていた遺跡の罠を難なく素通りしてみせたという。彼らは手に入れた金で同業者に酒を振舞っては、また遺跡へと潜って行った。
しかし行商が一度オアシスを離れ、遠方の地での取引を終えて戻った時には、すでに二人の盗賊の姿は酒場から消えていた。大勢いた他の盗掘者たちの数も減り、不審に思った行商が尋ねると、酒場の主人は件の優男が遺跡で死に、相棒の大男が狂人となってそこに棲みついたらしいと告げた。

以後の経過は、ほぼアビの話の通りであるらしい。日を追う毎に遺跡に近づく者は減り、逆に狂った巨漢はその凶暴さを増しつつある。
男を退治するつもりだと私が言うと、行商は商品の中から見慣れない石の首飾りを取り出して、私に寄越した。

「懸賞金の前払いとでも思ってくれ。気を付けてな」

年とった行商の厚意を私は受けた。御守りの首飾りはいま私の胸の上で、白く静かに輝いている。
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