水鏡

文字数 1,156文字

 


 川の水はゆっくり流れ、映り込んだイルミネーションがゆらめいている。
 しばらく川面を見つめていた泉は、顔を上げると武志に向かって微笑んだ。
 二人で過ごす二回目のクリスマス……。
 
 
 
 三年前、泉は身を焦がすような恋に破れた。
 泉の彼への愛は一点の曇りもない、ゆるぎのないものだったが、泉の間違いは水鏡に映る風景のように同じ思いを彼にも求めてしまったこと。
 鏡のように静まりかえった池はわずかな風で水面を乱し、映した風景を揺らめかせてしまう。
 泉にはそれが耐えられず、生真面目だった彼は泉のそんな思いを受け止めようとしたが、受け止め切れなかった。
 
 その恋に破れた時の傷跡は、今も泉の左手首にうっすらと残っている。
 
 
 
 武志は誰からも好かれる陽気なひょうきん者。
 しかし、武志が本当に欲しかったのはただ一人からの好意。
 ただの同僚から友達に、友達から大切な友達に、そして……。
 手首の傷は癒えてもささくれ立ったままだった泉の心に、武志は水のようにじんわりと沁みて行き、潤いを与えてくれた。
 
 去年のクリスマス、武志から指輪を贈られた時、泉は戸惑った。
 左の薬指にそれをつける心構えはまだ出来ていなかったから。
 しかし、武志はそれを泉の人差し指に通した。
 「気持ちが弱くなっている時、迷いがある時、この指に指輪をつけると心を強く持てるんだってさ」
 
 
 
 川面には常に小さな波やうねりがあり、映す景色を揺らめかせる。
 しかし、川の流れは止まることはなく、その水は淀むことがない。
 時の流れと同じように。
 泉はイルミネーションと同時に川面に映る自分と武志の姿も眺めていた。
 水は流れ、二人の姿も揺らめくが、それは流れて行ってしまうことはない。
 
 
 
「ありがとう……」
「ん? 何を?」
「色々と……武志のおかげで気持ちを強く持てる様になったわ、本当の強さって柔らかいものなのね」
「何のことだかよくわからないけど、泉がそう思ってくれるなら俺はずっと泉の側にいるよ」
「ずっとなんて言わなくて良い……武志が私の側にいたいと思う時だけ居てくれればいいの」
「じゃ、やっぱりずっとだ……」
 武志がそう言ってポケットから新しい指輪を取り出すと、泉はそっと左手を差し出した。
 あの傷跡が見えないように甲を上にして。
 そして、武志は迷わずに指輪を薬指に通した。
 
 絶えず流れていても、小さな波は立っても、二人がそこにいる限り水鏡は変わらずに二人の姿を映し出す、今も、そしてこれから先もずっと。
 
 水鏡に映る二人の姿はやがてひとつになった……。


(終)
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