写らない彼

文字数 1,115文字

「もっと、こう……。こっちから撮った方がいいかな」

 カメラを手に、彼女が

している。

「何やってんの?」

「いやでも、上から見下ろすように撮った方が見栄えいいかな」

 彼女は

に夢中で、俺の声がまったく耳に入らない様子だった。

 俺は彼女の目の前に立ち、声を大にして訊いた。

「何やってんの!」

「あー、いやでも……」

「俺の声、聞こえますかー!」

「う~ん……。やっぱり、殺した後、すぐ撮ればよかったなぁ。草木に囲まれた彼の死体写真を撮りたかったから、ひと気の無い森の中で殺したのはいいけど……」

 彼女の言葉に、俺は戦慄を覚えた。

 辺りは暗闇に包まれている。光が無いので、足元がよく見えない。

 だが、見えていないだけで、そこには間違いなく俺の死体があるのだ。

 俺は死んだ。彼女に殺されたのだ。

 確かあの時、俺は背中にもの凄い痛みを感じた。そして突然、目の前が真っ暗になった……。

「お前は、刃物か何かで俺の背中を刺して殺した……」

「うっかりカメラを忘れちゃって、家に帰ってまたここに戻って来たら、死後硬直でカッチカチになって動かせなくなっちゃった……」

「そうか、そうなのか。動物の死体の写真を撮るのが好きな変人だと思っていたが、ついに人の死体を……。しかも、彼氏である俺を……」

 つまり、ここにいる俺は幽霊なのだ。

 俺は死んで、幽霊になってここにいる。

 彼女に霊感が無いから、俺の声も聞こえないし、姿も見えない。

「戻って来る間に日が暮れちゃって辺り真っ暗だし。でもまぁ、フラッシュあるから撮れることは撮れるけど……。やっぱり、見栄え悪くなるよねぇ。まぁ、しょうがないよね。死後硬直が解けるまで待つのは面倒だし、このまま撮っちゃお」

 俺は溜息を吐いた。ずっと、彼女の美貌に騙されていたのだ。彼女の正体に気付かず、一人勝手に、愛を感じていた愚か者だった。ちょっと天然で可愛い子だと思っていたのに、残念だ。

「……よくわかったよ。お前は最低な人殺し変態写真家なんだな」

「よし、撮ろう! フラッシュセット! この辺に彼の死体があるから、適当に……」

「おい殺人犯。どうせ聞こえないだろうが、お前が殺した彼氏から一言、言いたいことがある……」










「レンズの蓋外せ!」

「パシャッと! ……って、あれ? 真っ暗だ。このカメラ壊れているのかな?」

 こんな天然な女に殺された俺の魂は、果たして、成仏することができるのだろうか。

 多分、無理かもしれない。

 心霊写真を撮っても、彼女は俺の存在に気づかないだろう。

 彼女は幽霊に興味が無い。彼女が好きなのは、死体の写真だけなのだから……。



                                        〈了〉
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