運命

文字数 4,052文字

残業でもう21時を回った帰り道。
駅から家までの途中にある通りで、古びた街灯に照らされた落し物があった。
まるでスポットライトを浴びているかのように、
僕に見つけられたいかのようにそれは輝いていた。
近づいてみると、花柄の巾着袋で中に何かが入っているようだ。
ちょっと衛生的に警戒して、巾着の紐を指でつまんで持ち上げた。
ちゃんと見ると巾着袋は新品のように綺麗だったので左手に持ち替えた。
持ってみるとその中に入っているものの大きさと質感に親近感を感じた。
巾着袋を開いてそれを取り出すと僕は「やっぱり」と思った。
あるカードゲームの専用カードボックスだ。

そのカードゲームは、発売されてからもう10年になるが全く流行っていない。
全く流行っていないくせに、カードの種類は1万を超えている謎のカードゲームだ。
そのうちの100枚が当たる確率が少ないレアカードとされていて、
僕はそのコンプリートを目指している。
カードは1000円5枚セットでランダムに入っていて、
子供受けは狙っていないようなアートなデザインと価格だ。
これまでに僕は55枚のレアカードを集めている。
もういくら使ったのか怖くて計算できないが、
そろそろ頭打ちだなと思うほど残りのレアカードは顔を出さない。
この収集の難しさがこのゲームの不人気に繋がっているのだろう。
逆にその難しさが僕がこれだけハマっている理由だ。
意地になっているのだ。

それが街灯スポットライトに当てられて僕に見つけられた。
ちょっと運命的なものを感じながらカードボックスを確認すると外側の袋同様、
とても綺麗で大事にされているのが分かる。
ボックスの中身を確認してみよう。
なんだか緊張してきた。
そう、胸の高鳴りはまだ見ぬ45枚のレアカードへの期待だ。
45枚のうちの1枚でも入っていれば… そう思うと高鳴りは速くなる。
開けてそのカードたちを手に取り全てを確認すると、
胸の高鳴りはうなり声に変わった。

「うおおおお…」

なんとそのボックスに入っていたカードは
僕が持っていない残りのレアカード45枚全てだったのだ。
しかも枚数もちょうど45枚。
つまり自分の持っている55枚と合わせて、
ダブりなくピッタリ100枚コンプリートなのだ。
保存状態も完璧で傷も折り目もない。
これは… なんてことだ…
信じられない。
10年買い続けた僕からすればこの奇跡は宝くじに当たるよりも、
飛行機事故に遭うよりも、宇宙人に連れ去られるよりも数奇な出来事だった。
普通の人には分からないだろうが、それほどのことなのだ。
僕が持っていない45枚がそのまま道端に落ちてるなんて。
ちょっと怖くなるぐらいの現実にふと思った。
とんでもない奇跡…
このまま持ち去るのは… 不安になってきた。

そもそも僕が持っていない残り45枚のレアカードが
ピッタリダブりなく入っているなど、まず僕のことを知らないとありえないことだ。
なぜなら、僕が持っている55枚のレアカードと
その45枚のレアカードが当たる確率に変わりはない。
つまりもしこのコンプリートが偶然なら、
その確率は途方も無い天文学的数字になるはずだ。
なので僕がレアカード55枚を持っていることを知っている者の
「陰謀」と考える方が自然だ。
いや、自然といったがただの偶然と捉えるより陰謀説の方が現実的なだけで
僕なんか一般庶民のただの小さなコレクションの趣味において、
陰謀もクソもないはずなのだが。
だれかが僕が集めているのを知っていて、
なおかつ僕の持っているカードの内訳を分かった上で
ここに置いたということ…

いやいやいや。

やっぱりそれもありえない。
僕はこの趣味を友達にも家族にも言ったことがなく、
たった一人で密かに楽しんでいる。
55枚の内訳どころか、
このカードを集めていることすら誰も知らないはずなんだ。
じゃあやっぱり偶然…

いや、それもありえない。

これまでどれだけの時間と金をかけて55枚まで来たと思っている。
それが偶然の出来事で一瞬でコンプリートだと?
そんな都合のいい偶然などあるわけがない。
やっぱり誰かが作為的に…
そんなことができる人…
まさか…

神様?

神様が僕を試しているのではないか?
いや、神様なんてもちろん信じちゃいない。
信じちゃいないが神様ほどのことを信じなくちゃ説明できないほどの奇跡だ。

神様説を考えてみよう。
例えばおとぎ話などの神様なら、ここでネコババすると天罰が下り
最悪持っている55枚も全て失うってオチ。
嘘つきはこらしめられました、チャンチャン。
それは本当に絶望だ。
これまでの努力が水の泡… 想像さえしたくない。

ならば…
正直に警察に届けてみる。
それがただの人間に対する善意を図るためだったとして、
持ち主が見つかって、お礼に訪れて…

「これ、つまらないものですが…」

ってカステラ。
それ本当につまらないよ、悪いけど。
カステラじゃこの奇跡に見合わないだろう。どう考えても。
でもお礼にカステラは妥当なんだよな。好きだし。
カステラのあの柔らかな甘みはちょうどよくて…
いや、カステラはいいんだよ。

うーん、どうしよう…

正直にいうと、すぐにでもこの45枚を手に入れたいのだが
あまりにも奇跡的な出来事にリスクを恐れて混乱している。
というか神様が本当だとして、
なんでこんな平凡なサラリーマンのこんな小さな趣味をピックアップしたんだろう?
なんかもっとこう…
「神様」ほどのことなら、
人類全体に関わるようなそんなことで試した方が、よろしいんじゃないでしょうか?
人間の善意を図りたいというなら、もっとこう世界規模の映画のような…
そう、全世界を巻き込むような大きな事。
ほら例えば、自分の命と引き換えに世界を救えるかどうかとか。
それをアメリカ大統領とかスーパースターとかにねえ。
ありきたりかもしれないが、神様なんだからそのぐらいのほうが。
わざわざ、しがない日本のサラリーマンのこんなしょうもない趣味の
なんの意味もないコンプリートに…

…自分で言ってて、悲しくなってきた。
どうして僕はこんなカードにハマってしまったんだろう。

さあ、どうしようか。
胸の高鳴りは色々な想いで妙に落ち着いて、
とりあえず45枚のレアカードをボックスにしまった。
ボックスを巾着袋にしまって紐を絞った。
…きっとこの持ち主もここまで集めるの、大変だったんだろうな。
超マニアックなカードを長い年月をかけて集めてきた同志だからわかる。
カードの保存状態から、カードに対する愛もすごく感じる。
なのに、なんで落としちゃったんだよ。
ものすごく大事なものだろ?
もし、僕の55枚を拾ったなら同じことを思うはずだ。
10枚だけ僕より少ない君は僕より10枚分想いも少ないかもしれないが、
10枚分ぐらいならほとんど一緒だろ?この気持ち。
なんで落としたんだよ、馬鹿野郎。
今頃何を思っている?眠れない夜を過ごすんだろう。
ちくしょう、痛いほど気持ちがわかるぞ。
もっとちゃんと気をつけてやれよ。
カードがかわいそうだろ…

…となんだか感傷的になって、
そのあとにやってきたのは虚無感だった。

「もういいや…」

諦めるかのように明日、駅前の交番に届けることに決めた。
なんかこれは自分のものではないなという結論に至ったのだろう。
神様とか善意とか余計なことを考えずに
もうカステラでいいやと思った。

朝を迎えた。
支度をして巾着袋を交番に届けるため、早めに出て駅に向かった。
昨日の夜、その落し物を見つけた通りに出ると
若い女性がなにかを探していた。
すごく焦っている様子だ。
すぐに気がついてバックの中から巾着袋を取り出した。

「お探しのものはこれですか?」

そう尋ねると、女性は顔を上げた。
すこぶる美人だった。
一目で撃ち抜かれた心は昨日の45枚との出逢いをはるかに超えて高鳴った。

「そうです!これです!」

飛びつくように巾着袋を僕の手から持っていきギュッと抱きしめながら

「…うわあ、よかった。本当によかった。」

と自分の元に返ってきた安堵を噛み締めるように涙を流し始めた。
親の形見かなんかかよ。
と普通なら思うかもしれないが、
もし僕が55枚のカードを落としたとしたら、このリアクションになると思う。
その涙の美しさに見惚れていた僕に気づいてハッとして

「ごめんなさい!お礼も言わずに… 本当にありがとうございます。」

とにかくドストライクだった。
昨日の45枚の衝撃はこの出会いのためだったのですね、神様。
ネコババしないでよかった。本当に。
こんなマニアックなカードをこんな美人が集めているのも奇跡。
その美人が僕の欲しい45枚を集めていた奇跡。
それを探しているところにちょっと早く家を出た僕がそれを持って現れる奇跡。
奇跡が奇跡を呼び、遥かなる天文学的確率は1となった。
これが正直者の僕へのハッピーエンドだったんだ。
ありがとうございます、神様。


…1年後。

55枚と45枚だったレアカードは今、100枚としてリビングに飾られている。
これはきっと偶然ではない。
運命なんだろう。
僕ら二人が出会うためにこのカードは生まれた。
そう思う方が必然だ。
教会で、神の前で誓い合った僕らの愛は奇跡が味方している。
きっとこの愛は永遠だ。



「神様、どうしました?」

「うーむ…揃ってしまったのだ。」

「あのカードですか。」

「絶対にそろわないような確率にしたのだが、偶然とは恐ろしいものだな。」

「そうですね。でも、それが揃ったなら… ですよね。」

「…そうだな、そういう約束だからな。」

「では、よろしいですね?」




「ああ、地球をリセットしよう。」
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