詩小説『先輩行きつけのバーで』働く女性へ。

エピソード文字数 1,566文字

先輩行きつけのバーで

「だからあんたはね、考え方が素直で単純すぎなんだよ」

「はい、そうですよね。すみません」

「もっとさ、物事を疑ってかかるというか、整理整頓してから動きなさい」

「まぁ、せっかく先輩が呑みに連れて来てくださったんだから、仕事の話は」

「調子に乗るな。うん。でも、それもそうね。今日はこんな遅くまで残業させてしまったから。あんたへのお礼で来てるんだもんね」

「にしても、今日中に仕事なんとか片付いて、ほんと、良かったですね」

「私、いけないね。説教臭くて」

「でも意外だな。先輩がこんなとこ来るなんて」

「仕事だけしかない女だって思ってた?」

「いえ、そういうわけでは」

「ほら、だからあんたはね、考え方が素直で単純すぎなんだよ。直しなさいね」

ライトがカウンターの上に漂う煙すら照らしだす。

僕は先輩に連れられて、行きつけだという町はずれのバーへ。

「いつもので?」

「うん、そうね」

「お連れ様は?」

「うーん、俺、お酒あんま詳しくないので、先輩と同じものを」

「あんた、私のお酒は女が呑む酒よ」

「えっ? そんじゃあ、とりあえずビールで。お願いします」

「かしこまりました」

「すみません。先輩どんなお酒が好きなのかなぁって、ちょっと知りたくて」

「バカ」

「いい店ですね」

「ここ?」

「はい」

「この店はね、今の会社で働きはじめて間もない頃に見つけてね。背伸びして入ってみたのがきっかけ」

「ふーん」

「それ以来、この店の雰囲気が好きで。なんていうか、落ち着くのよね」

「なんかそれ、分かる気がします」

「若かったなぁ、あの頃」

「今も若いじゃないですか」

「こらっ」

「すみません。でも、本音です」

「若い頃は無知で、そのくせ生意気で。強がって、着飾って。自分でいるのに精一杯だった」

「先輩がですか? 想像出来ないな」

「今となってはね。周りは結婚していく。子供なんかも出来たりして。当たり前な幸せ手に入れてるのにね」

「先輩にはそういう人居ないんですか?」

「うん?」

「すみません」

「居るよ」

「えっ?」

「いや。居る、というより、居た、かな?」

「居た? 過去形なんですね?」

「うーん。うん。やめとこう。この話は」

「言いかけたんだから、最後まで聞かせてくださいよ」

「幼稚園も、小学校も、中学校も同じで。家も近所でさ」

「幼馴染ってやつですか?」

「うん。ずっと見てきた。だから、知らないことなんてなくて。もちろん、隠してることもなくて。隅から、隅まで、なんでも曝け出してる関係」

「なんか、良いな、そんな関係。俺、親父の仕事の都合で、転勤ばっかりしてて。だから、そんな関係、羨ましいです」

「なんでも話したし、なんでも話してくれた。一から百まで全部。話せないことなんてなかった。だけど好きってことだけは話せなかった」

「えっ?」

「いままでずっと。一回も」

「そっかぁ」

「どうしたの?」

「先輩。なんか可愛いですね」

「からかってんの?」

「いえ、そうじゃないんです」

「うん?」

「そんな話聞いたら、話せないな。先輩のこと好きだって話」

「えっ?」

「多分、これからもずっと。一回も」

「……。」

「すみません」

「言ったでしょ? 素直で単純過ぎるって」

「はい?」

「話せないなて言ったくせに、話してしまってるようなもんじゃない、好きだって」

「直した方がいいですか? この性格」

「いや。そのままでいていいよ」

「はい」

「あのさ」

「はい?」

「もう一杯だけ、付き合って」

「はい……。」

マスターが少しだけ、微笑んだ気がした。
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登場人物紹介

主人公はあなたです。それぞれの恋愛模様を『詩小説』で。

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