第2話

文字数 2,917文字

 赤いスポーツカーが夜の首都高を激走していた。

「いやいやいやいや、無理無理無理無理! 引っ張られる、引っ張られるって!」

 スポーツカーは一応後部座席も座れるようになっているが、基本的には屋根はない。よって、加減速によって課せられる重力がモロに身体にかかってくる。

「ごちゃごちゃ五月蠅いな。そんなこと言っていたら、我が社ではやっていけないぞ?」
「いや、そもそも何の会社なのかも分かっていませんし……」
「志穂」
「はい」

 ぱしーん。
 スリッパで叩かれた。
 しかも志穂もシートベルトで身体を固定しているはずだったのに。

「痛い! 何で叩くんですか」
「何か気になったからな」
「気になったって……」

 そんなこと言われたって困るんだけれどな。

「で、でもっ! どうして私をその……異文化商会? に入れるんですか」
「人手不足でなあ。でもうちのシステムを理解してくれる若い人間は居ない。ほら、分かるだろ? 最近の若者はやる気がないだの根気がないだの。聞いたこともあるんじゃないか? それで、だ。だったらスカウトしてしまった方が良いだろ、と思ったのだ」
「す、スカウト? それってどういう基準で……」
「言っただろ。君は……『選ばれた人間』だと」

 それは、前も言っていた。
 けれど、それはどういう意味なのだろうか?

「選ばれた人間、って……さっきも言っていましたけれど、それって」
「それについては、追々話すことにしよう。何せ今は移動中だ」

 思えば、雪乃は何も持っていなかった。スマートフォンも、自らを証明する保険証も、お金も、キャッシュカードも。
 きっと今頃バイト先から鬼のような着信がかかってきているんだろうなあ、と放心するしかなかった。



 何個トンネルを潜ったか、何個橋を渡ったか分からない。
 一時間程走ったところで、雪乃達を乗せた車はあるところに到着した。
 森の中にひっそりと佇む洋館だった。
 テレビドラマで良く見るような、大金持ちが住む別荘みたいな。
 或いは、夜遅くにここに訪れたは良いものの、何か怪奇現象が起きそうな雰囲気も漂わせていて。

「どうした、降りないのか?」
「……いや、あの」
「何だ、この屋敷に驚いたのか? だが安心したまえ。ここは自宅兼事務所だ。……或いは会社とも言っても良いか」

 これが、会社?
 いったい東谷異文化商会は何の会社なのだろうか。

「何をグズグズしているのだ。入るぞ。これからここで暮らしていくことになるのだからな」

 暮らす?
 ここで?

「行くの」

 志穂がずずいと強引に雪乃の身体を押していく。

「わ……分かった。歩けるから。一人で歩けるからぁ!」
「そうならそうと言えば良い」

 急に押すのを止めてしまったので、転びそうになってしまった雪乃。
 しかしすんでの所でそれを阻止すると、二人を眺めた。
 二人は気にも留めず、すたすたとした足取りで屋敷へと入っていく。
 ぽつん、と一人残される雪乃。
 スポーツカーしかない周囲。
 森は鬱蒼と生い茂っていて、とてもじゃないが、歩いて脱出出来るようには見えない。

「……諦めて入るしかない、かあ」

 雪乃は覚悟を決めて、屋敷の中へと足を踏み入れた。
 屋敷の中は絢爛豪華――とまではいかなくとも、それなりに整ったデザインが施されていた。
 それなりに、儲かっているのかもしれない。

「先ずは面接を受けてもらう」
「面接……ですか?」
「そうだ。簡単に入社出来ると思ったか? 何でもかんでも、先ずは面接を受けて我が社に適性があるかどうかを判断せねばなるまい。安心しろ、簡単な質問をいくつかするだけだ。それに失敗したからといって、悪いことをするとは限らない」

 でも、無理矢理ここに連れてこられたんだよね。

「無論、自由意志は尊重しよう。やる気があるか、ないか。ないなら踵を返し、即刻帰宅するが良い。ただし……志穂、刀の手入れをしておけよ。もしかしたら使う機会があるかもしれないからなあ」
「承知」

 それ、帰るなら切り捨てる、って言っているようなもんじゃん……。
 つまり、私には選択肢があるようで全くない。帰ることも出来ないし、抵抗することも出来ない。
 ならば、どうするべきか。
 考えるまでもなかった。

「……受けます、面接」

 それを聞いた東谷は悪い笑みを浮かべ、

「それで宜しい」

 そういう風な態度を取るのは、分かっていたくせに。
 そう言い返したかったが、後ろで刀の手入れをしている志穂を見て、それ以上強く言い出せなかった。
 面接は入口の直ぐ傍にある応接間で行われることとなった。
 応接間もまた高級なレイアウトが施されているが、家具はそれに似つかわしくない。企業のオフィスで使われているような折りたたみ式の黒い机と、パイプ椅子が三つ。正確には机の傍に距離を置いて二つと、部屋の中心に一つという感じだ。
 初めに東谷が座る。志穂も入ってくるかと思っていたが、頭を下げて、この部屋には入ろうとはしなかった。

「あの……」
「どうかしたか?」
「志穂……さんは入らないんですか?」
「彼女はあくまで従業員。管理職は私一人だからな。面接を担当するのも私だ。人事担当も私しか居ないからな」

 それって、いわゆるワンマン経営という奴では?
 雪乃はぼうっと突っ立っていると、東谷が声を出す。

「まあ、先ずは座りたまえ。そうでもしないと、面接が始まらない」
「……あ、はい! すいません」

 何故謝る必要があったのだろう、などと思いながらも雪乃は部屋の中心にあるパイプ椅子に腰掛ける。

「じゃあ、先ずは経歴について教えてもらおうか」
「はい……」

 経歴、と言ってもそれ程長いものでもない。
 小中高と普通に育ってきた雪乃は、そのまま都内の大学に進学した。大学進学後は好きだった道に進みたかったが、不況のあおりを受けて断念。仕方なく大学在籍中から続けていたバイトをそのまま続けて約二年が経過していた、といった感じ。

「二十四歳、というところか」
「年齢が関係ありますか? ……あ、新卒じゃないから」
「うちは新卒も既卒も関係ない。常に人手不足だからな」

 それってブラック企業なんじゃ……。

「次の質問だ。……君は銃を使えるか?」
「はい?」

 銃って、ピストルとかマシンガンとかの、あの銃?

「銃も分からないのか、大学を出ているんだろう? まあ、世界が暗く落ち込んでいるとはいえ、この国は表立った戦争が長らく起きていないからな……。平和ボケするのも仕方ない。だが、うちでは銃を使う。どうだ? 銃を使ったことは? 或いは、使いたいと思ったことは?」
「使ったことは……ない、です。でも……まあ、興味なら」
「ほう。何処でそれを?」
「小説とか、漫画とか……。でも、それってあくまでそういう世界での話なんじゃ……」
「最後の質問だ」

 解答を勝手に切り上げて、東谷は話を続ける。

「君は、異世界を何処まで信用している?」
 
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