第7話 鎧店

文字数 2,340文字

「いらっしゃい」
 小太りの中年の店主が、陰気な声をかけてきた。
 鎧店、というので想像していた雰囲気とは、少し違っていた。店内は薄暗く、大きなハンガーラックが所狭しと並んでいる。ラックにかかっているのは、ルナの目には鎧ではなく普通の服ばかりに見えた。壁際には鍵のかかったガラス棚があり、その中にはちゃんとした鎧が並んでいるようだ。
「布鎧一式を仕立てて欲しいんだ」
 アーサーは並んでいる商品には目もくれず、店主にそう言った。店主は低い声で、そっちの子にかい、言って目線を向けた。アーサーが頷くと、あごをしゃくって店員に指示をだしたようだった。
 ほどなく、店の奥から若い女店員が出てきた。
「少し測りますね」
 女は、かるくルナの体に触れてから、エプロンのポケットに手を入れて巻尺を取り出した。首周りと手首を測ってから、服を脱ぐように促してきたので、店主のほうを見ると、すでにアーサーと一緒に姿を消していた。
 横あいからパーテーションがさっと出てくる。試着室のようなものはないらしい。
 入り口のほうを気にしながら、ワンピースを脱ぐ。店員は慣れた様子で、手早く採寸をすませた。
 採寸して服を買ったことなどないので、勝手がわからなかったが、随分あちこちを測るのだなと、ルナは少し不思議に思った。
「魔獣狩りに着ていかれるのでしょう? 少しでも動きやすいよう、全身の寸法を合わせるのですよ」
 店員は笑って言った。
「……布鎧とはどういうものなのですか?」
 急いで服を着ながら、訊いてみる。
「そこに、沢山並んでいるでしょう」
 そう言われて、見るが、鎧というよりただの地味なつなぎのようなものにしか見えない。
「まあ、ただの服と、そうは変わりゃしません。ただ、少しでも身を守れるように厚く作ってあるのと、要所には固く絞った綿布を裏打ちして、刃物や牙が通りにくくしてあります。
 鍛えてらっしゃる方ですと、一部に硬質の革を縫いあわせたものをお使いになりますが、重くなりますし、動きも制限されますので──」
 店員は、いつのまにか戻ってきていたアーサーに目を向けた。アーサーはかるく頷いた。
「あなたの場合、ごく普通の布鎧だけになさるのが良いと思います。……巫女様なのでしょう? 前線は、男性がたが守ってくださいますからね」
「女戦士もいるぞ」
 まぜっかえすように店主が言った。女店員は愉快そうに笑った。
 ふと心配になって、ルナはアーサーに耳打ちした。
「私、あまりお金を持ってきていないんですが」
「……フォスターから貰ってきてるから、心配しなくていいよ」
 意外な答えであった。
「いいんですか?」
「手兵の装備品は、かしらがもつもんだよ。」
「てべい?」
「まだ見習いということさ。……僕も、君もね」
 そんなものか、とルナは首をかしげた。
 


「なぜ、巫女が退魔師になろうと?」
 特にきっかけがあって訊いたわけではない。
 もう一度、はっきり聞いておくべきだと思っただけだ。
「夢を見たから、と申し上げました」
 火打ち石がいくつも並んでいる棚から目をあげもせず、ルナは答える。
「……退魔師になる夢を見たわけじゃないんでしょうに。」
「もちろんです、」
 頷きながら、ひとつ手にとってみる。
「あなたの未来を。この国の王に──」
「下手なことを言わないでくれ。」
 思わず、アーサーはルナの手をつかんで止めていた。
 ルナは、振り払うでもなく、くるりと横をむいてアーサーの顔を見つめた。

 抗議するでもなく、
 何か問うでもなく、
 ただ、表情を動かすことなくしばらく見つめてから、

 また、向きなおって棚のものを触りはじめる。
 それから、こともなげに、
「心配しなくとも、大丈夫ですよ。……誰かに知られたからといって、未来が変わってしまったりはしません」
「そういうことを言ってるんじゃ……」
「あなたは、なぜ退魔師になろうとしているのです?」
 こんどは目をあわせぬまま、とつぜん尋ねてくる。
 アーサーは一瞬言葉に詰まってから、
「死んだ父が、…」
「勇者ランガは、職業的退魔師ではなかったと聞いています」
「同じことだよ。魔王を滅ぼすのが勇者なのだから、」
「……ならば、それがあなたの未来なのでしょう。」
 言いながら、かるく目を伏せた少女の横顔は、

 なぜか、すこし失望しているように見えた。



 ふと街できいた話を思いだした。

 夢見の巫女は、死者を鬼に喰わせたといわれている。
 それは、実はこういうわけだという。

 クラナ通りにある長屋に、若い夫婦が住んでいた。
 ある日、夫が起きると、妻が布団のなかで冷たくなっていたのだという。
 理由は、わからない。急な病とも、悪いものに憑かれたためだとも。
 とにかく、夫は、妻の死を悼んだ。
 そして、悲しみのあまり、人であることをやめ、鬼になったのだ。

 夢見の巫女が、その長屋を訪れたとき、すでに、男は身も心も鬼と化していた。
「鬼よ、鎮まり給え、」と、巫女は鬼に言った。
「何を以て、」と、鬼は問い返す。
 いくぶんかのためらいと、焦りをおもてに浮かべて、巫女はついに言った。
「供物として、死せる女の躰を捧げん」
 そして、鬼はそれを受け入れた。

 鬼が、どのように死んだ女の体を貪ったのかは、よくわからない。
 それが、文字通りの意味なのか、あるいは鬼のように狂った男が、死んだ妻の体で欲を満たしたという話であるのか。それも、アーサーにはわからない。
 とにかく、夢見の巫女は、女の体が喰われるあいだ、誰も邪魔をせぬよう戸口に立ち、三日三晩見張りをしたという。
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