エピローグ

エピソード文字数 1,185文字

 ところで、孝一郎が通常業務に──要するに事務所の整理整頓に戻れたのは、結局三日後のことだった。
 朝方に事務所に戻ったその日は結局午後まで二人してソファで眠りこけてしまい、その翌日は報告書をもって依頼者のところに行き、戻ってきた父親を交えて半日以上かけて報告を行なう羽目になったのだ。
 三日目の朝、ふと市川が口を開いた。
「……ところで所長」
「なぁに?」
 平和な日常に戻った事務所では、ウタが相変わらずソファに寝そべりながら、ファッション誌を繰っている。その行為が彼の頭の中の膨大なデータベースを作り上げていることを知った今では、真山も文句を言う気はまったくなかった。
「新しいバイトはいつまでこの事務所にいることになったんですか」
「……いつまでだろう。ねー、真山さん、この事務所を健全にするまで、どのくらいかかりそう?」
 奥の棚の前で、書類と格闘していた孝一郎はふと手を止めた。
 事務所の片づけ、書類の整理、会計関係の整理、それに加えて資料のデータ化もやらなくてはいけなくて──。
「……長くて三カ月くらいを見積もっていただければ」
 ほんの一週間前には、なんとか一カ月以内には、と思っていたことを棚にあげて、孝一郎がそう返した途端、珍しく朝から事務所にいて近くのデスクで居眠りをしていた相田が、がばりと身体を起こした。
「やった。市川くん、俺の勝ちっ!」
「……くそっ」
「社内賭博はやめろ!!」
 孝一郎の怒声などまったく構った様子なく、しかもパソコンから顔を上げることもなく、淡々と市川が続ける。
「相田、次は所長がいつまでにバイトを落せるか、だ」
「え、もう付き合ってんじゃないの? 賭けにならないでしょ」
「付き合ってない!!」
「なら賭け成立だ。この際、所長も加わります?」
「俺が本気だしたら、一カ月かなあ」
「……簡単に落ちそうに見えて、意外に頑固そうなので、俺は二ヶ月で」
「じゃあ、俺は三カ月ぎりぎりにしようかなー」
「──俺は、落ちない、に賭ける」
 不機嫌そうな声が、四人目の賭け手に名乗りを上げた。
 全員が顔を上げれば、相変わらず黒い格好をした甲斐がどかどかと大股で事務所の中へ入ってきて、ウタの寝そべるソファの足元に腰を下ろした。
 床に落ちている雑誌を拾い上げながら、不愛想に口を開く。
「こいつは本気になったら、奥手だからな」
「そうなんですか、所長?」
「…………ノーコメント」
「あ、ずるいっ。甲斐さんもそういう情報は隠し持たないでください」
「おまえら全員、くだらん賭けをしてるんじゃない──!!」
 ごちゃごちゃと言い合う事務所内に、孝一郎のひと際大きな怒声が響き渡る。それはそれで、この事務所にとっては、たぶん平穏なひとときだった。
 ──この平穏に真山孝一郎が慣れるには、まだまだ時間がかかりそうだった。

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